第十二話「ふみの密告」

「誰もおりまへんで」
「ふうむ……利松、戸を開けてみぃ」
「えっ?わてが……開けるんでっか?」
「そらそうや」
「へぇ……せやけどなんか気色悪いなあ……」

 利松はおそるおそる開き戸の取っ手をつかんだ。
 一方、息を潜め裾をからげた姿で屈んでいたありさは、外の異様な気配に気づきにわかに焦り出した。

(あぁ、どうしよう……早く着物を戻さなければ……)

 用を足したあとは、立ち上がって、腰巻、肌襦袢、着物の順に下ろさなければならない。
 しかし今着衣を直している暇がない。
 そうこうしているうちに、便所の戸が開けられた。

「きゃぁぁぁぁぁっ!」
「う、うそやろっ!?」
「あわわわわわっ!」
 
 庄吉と利松が見たものは、扉側に背を向け便器にまたがっているありさの恥ずかしい姿であった。
 着物の裾をからげた状態なので当然尻が丸出しだ。
 ありさは羞恥と驚きで顔を真っ赤にさせている。
 しかしありさ以上に驚いたのは庄吉と利松であった。
 若い利松にいたっては今にも腰を抜かしそうになっている。

「な、なんで、ありさが男便所におるんや!?」
「ケ、ケツが丸見えやないか……」
「ごめんなさい!女子便所がいっぱいだったので、仕方なく男子便所を使わせてもらってたんです!」

 ありさはまくれ上がった着物の裾を直しながら申し訳なさそうに謝った。

「ごめんなさい!本当にごめんなさい!」
「女便所いっぱいで男便所入ったんはしゃあないけど、戸を叩かれたら返事ぐらいはちゃんとせなあかんやないか」
「はい、すみません。これから気をつけますので」
「わしぐらいの歳になったら女のおいど見たぐらいでびっくりせえへんけど、利松のような若い男にはちょっと目の毒やさかいな~」
「いいえ、目の毒ちゅうより、目の肥やしになりましたけど」
「アホか」
「へへへ」
「さあ仕事や仕事や。ありさも気張って仕事しいや」
「はい、番頭はん。すんませんでした」

 ありさがぺこぺこと頭を下げて立ち去った後、庄吉は利松の耳元で何やささやいた。

「利松……」
「へぇ、なんでっか?」
「それにしても、ありさ、ええケツしとったなあ~」
「はあ?」
「まるでもぎたての白桃みたいやったで」
「なんや番頭はん、さっきは『わしぐらいの歳になったら女の尻を見たぐらいでは驚かん』ちゅうようなことを言うたはったけど、あれは嘘でっか?」
「ありさの手前上ちょっと格好つけただけや。わしも男やで。ほんまはあの白いケツを見た時、卒倒しそうやったわ」
「なんややっぱり嘘でっか」
「おまえはどうやったんや?」
「あの白い尻、当分の間夢に出て来そうですわ~」
「そらしゃあないなあ。はっはっはっはっは~!」

◇◇◇ 

 その日の昼過ぎ、女中のふみは九左衛門の部屋を訪れていた。
 
「だんさん、わて、見てしもたんだす」
「ほんまかいな。ありさはそんなことする子やないで」
「だんさん、まだ入って間もないありさのこと、えらい信用したはりますけど、わての話が嘘やと思たはるんでっか?」
「嘘やとは言うとらん」
「いっそのことありさを呼んで聞きはったらはっきりすると思いますわ」
「男便所でありさが庄吉と利松にケツを見せてるとこを、ふみは見たちゅうんやな?」
「はい、そうです。せやけどわてが告げ口したことは伏せといてくれませんか」
「よっしゃ、分かった」

 しばらくして、ありさは九左衛門に呼び出された。

「はい、だんさん……お呼びでしょうか?」
「ありさか。一つ頼みがあるんやけどな……」
「はい……どのような御用でしょうか?」
「用ちゅうほどのことはないんやけどな。裾をまくっておいどを見せてくれるだけでええんや」
「えっ……お尻を!?そんなことできません!」
「番頭や丁稚に見せといて、わしには見せられへんちゅうんか!?」
「いいえ、違うんです!」
「何が違うねん!」
「見せたんじゃなくて見られたんです」
「見られたやと?番頭や丁稚が覗いたとでも言うんか」
「そうじゃないんです。女子便所が混んでいて我慢できなかった私は仕方なく男子便所に入ったんです」
「男子便所に?ほんで?」
「しばらくすると戸の外に人の気配がして、誰かが戸をトントン叩いたんです。でも男子便所に入っていた私が気まずさもあって返事をするわけにもいかず……結局返事をしませんでした。すると誰もいないと思ったのか突然戸が開いたんです。その時立っていたのが庄吉はんと利松っとんでした」
「ふうん、で、その時、裾をまくったままやったんか?」
「は、はい……」
「普通やったら隠すやろ?」
「はい……でも焦っていたので……」
「本当は見せたかったんちゃうんか?」
「そんなこと絶対にないです!信じてください!」
「まあ、ええわ。ほんで、しょんべんしてるとこも見られたんか?」
「見られてません!その時はもう終わってました!」
「ほんまかいな?」
「ほんとうです」
「信用でけへんな」
「ほんとうです!信じてください!」
「今晩、わしの目の前で二つのことができたら信用したるわ」
「二つのこととは何ですか?」
「それは今晩のお楽しみちゅうことにしとこか。今晩九時にここに来なはれ」



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