第4話

 翌日、私は池袋でお客さまを物色していた。
 昨日はいい人だったけど、ちょっとおじさま過ぎたにゃん。
 もう少し若くて、私好みの人がいないかなあ。
 でもあまり若過ぎるとお金を持ってないか、それとも値切られることもあるだろうし。

 うん?信号で待ってる30代のサラリーマン風……ふうむ、結構私の好みかも。
 一度、声をかけてみよう。
 ダメで元々じゃん。

 私は長い信号を待っている男性のそばに近づいて、思い切って声を掛けてみた。

「あの~……」
「……?」
「あの~……」
「なに?」
「あのぅ、すみませんが……お茶をおごってくれませんか?」

 突然「援交しませんか」って切り出すわけにもいかなかったので、遠まわしにジャブを放ってみた。
 ところが返って来た答えは、

「へぇ?僕が君に?どうして初対面の君にお茶をご馳走しなきゃいけないんだ?」
「喉が渇いたんです。でもお金、持ってないんです」
「そんなこと僕に言ってもらっても困るんだけど」
「はぁ……ダメですかぁ……」
「はい、ダメです」

 ちょうどその時信号が変わり、その男性は振り向きもしないで信号を渡って行った。
 男性はダーク系のスーツに茶色のカバンを提げている。
 私は諦めないでその男性の後を追いかけることにした。
 信号を渡り終ったところでようやく追いつき、もう一度声を掛けてみた。

「あの~すみません~……」
「なんだよ、君は。お茶はおごらないよ。他の人に頼んでみれば?」
(ひぇ~、何と冷たい……)
「あのぅ、お茶はもう諦めます……」
「え?じゃあ、どんな用なの?」

 男性は迷惑そうな表情に変わっている。

(これは無理かも…。いやいや、この際思い切って誘っちゃえ)

 蚊が鳴くような小声で、

「あのぅ……私と……3万円でいいことしませんか?」

 私の言葉を聞いた途端、男性の顔色が大きく変わった。

「な、な、なんだって?3万円で君といいこと~~!?いいことってもしかして、エッチするってこと!?」
「あのぅ…ちょっと声が大き過ぎるんですけど……」

 私は周りの通行人に聞かれてないかと、思わず辺りを見廻した。

「こりゃあ、ぶったまげたな~」
「はぁ…ダメですか……」
「3万円でナニをするって、それって援助交際じゃないの。そんなことしちゃいけないよ。すぐにやめた方がいいと思うよ」
「それはそうなんですけど……」
「何か深い訳がありそうだけど、とにかく援助交際はダメだよ」
「はぁ……」

(こりゃ、とんでもない相手に声をかけてしまった……失敗だぁ……)

 説教されてしまって返す言葉に詰まってしまった私だったが、その男性から意外な言葉が……

「よし、それじゃこうしよう。エッチはしないけどお茶はおごってあげるよ。何が飲みたいの?」
「えっ?いいんですかぁ?わ~~い、嬉しいな~!それじゃ、ヨーグルトシェイクをおごってくれますか!」
「うん、じゃあ、それがあるお店に行こう。この近くでどこか知ってる?」
「はい、知ってます!それじゃ私に着いて来てください!」

 近くにはアイスクリームとヨーグルトの専門店で『マンデルセン』というお店があって、私は男性をそこに案内することにした。

(何か変な展開になってきたけど、まぁいいか……)

「それにしても制服の女子高生と歩くって目立つなあ。会社の誰かに見られたらちょっとヤバイかも」
「そうですねぇ。じゃあ娘って言えばいいじゃないですか?」
「バカ、君のような大きな娘が僕にいるはずないじゃないか」
「あはは~、それもそうか。じゃあ妹ってことで」
「うん、そういうことにしよう。ところで、君、名前は何て言うの?」
「名前ですか?ありさで~す♪」

 私はその時何のためらいもなく本名をいっちゃったの。
 目の前の人には何故だか嘘をつけないような気がしたから。
 まだ出会ったばかりなのにね。

「ありさちゃんっていうんだ。僕は車井山達彦。で、早速聞くけど、どうして援助交際なんかしているの?」
「はぁ……実は……」

 私は援助交際を始めるようになったいきさつを、車井山さんに包み隠さず話すことにした。
 私が話している間、車井山さんは真剣な表情で黙って聞いていた。
 話し終ったあと、車井山さんはゆっくりと語り始めた。

「ありさちゃん……だったね?君の家庭事情はよく分かったよ。とても気の毒だと思う。食べていくために人は働かなきゃいけない。だけどね、援助交際をすることはやっぱりいけないことだ。お金は手っ取り早く稼げるかも知れないけど、逆にありさちゃんが失うものも大きい。それに援交なんてしてしまうと、君の心に生涯傷を残すことになる。
 法律うんぬんは置いといて、大好きな人とエッチするんだったら全然構わないと僕は思う。だって身体はもう立派な大人なんだし恋もするんだし。でもね、お金のために好きでもない人に抱かれる……それって楽しい?辛いだけじゃないの?」
「うん…すごくイヤ……。でもね、お金がないと生きていけないし、仕方ないもん……」
「お金が欲しけりゃ他にも方法があるじゃないか。そりゃあ、ちゃんとしたバイトだとあまりお金は儲からないかも知れないけど、ほとんどの人はそれでも我慢して毎日がんばっているんだから」
「はい……」

 私はヨーグルトシェイクに口もつけないで、いつしか車井山さんの話に耳を傾けていた。


前頁/次頁





















表紙
to novel top



inserted by FC2 system