第四話「解かれたくノ一ふんどし」

「ふふふ、威勢がいいが、本当は恐いのじゃろう?」
「誰が恐いものか!」
「強がりを言ってられるのは今だけじゃ。戦いにおいては男顔負けのくノ一じゃが、男女の色事となると、同じようにいくかのう?楽しみじゃのう。ぐふふふふ……」
「や、やめろ!手を放せ!」

 すでに胸素網は引き裂かれていたが、胸元にさらし布を巻き込んでいたおかげで、すぐに乳房があらわになることは避けられた。
 くノ一の場合、長い距離を走ると乳首が擦れ痛むことがあり、それを防ぐため胸元にさらし布を巻いていた。つまり乳押さえである。
 そのさらし布さえも、いとも簡単に外されてしまった。
 ありさの小ぶりだが形のよい乳房が躍り出た。

「ふふふ、よい乳をしておるのう。しかも、この滑々とした肌触りは男心をくすぐるには余りあるのう。ふふふふふ」
「やめろ!触るな!」
「この乳を愛でてくれる男はおるのか?まさかいまだに男を知らぬとは言うまいな?」
「むむむ、無礼な!」
「怒った顔が良いのう。もっと怒らせてやろうか……」

 玄は乳房が変形してしまうぐらい激しく揉みはじめた。

「い、いたい!やめろ!」
「ふふふふふ、痛いか?さあ、密書を出せ。出せば命だけは助けてやる」
「ううううう、く、くそ!こ、殺せ!」
「殺せとな?殺すのは簡単じゃがまだ殺さぬ」

 くノ一を含め忍びには非情な掟がある。
『敵の囚となってしまった場合は潔く自刃すべし』というのである。
 つまり敵に捕まり拷問などで重要な情報を漏らしてしまい、味方を不利な状況に導くならば、自害して自らの口を塞げと言うのである。
 しかし今回のありさのように突然捕らえられてしまっては自害したくてもできない。

 忍びは自害するための丸薬を必ず一つ持っている。
 ありさは丸薬を腰の布袋に入れていた。
 だが蜘蛛糸が絡まって手足が自由に動かず、丸薬を取り出せない。
 残された手段としては、舌を噛み切って自決するしかない。

「うぐぐっ……」

 ありさは死を覚悟した。

(さらば……!)

 舌を噛み切ろうとしたその瞬間、突然煙管が口内に差し込まれた。

「うぐぐっ!!」
「ふん、舌を噛んで死のうとしたな?そうはさせぬわ」

 ありさの悲壮な決意は、すでに玄に看破されていた。
 何という察知能力であろうか。
 ありさの口に布を噛ませた玄は、代わりに差し込んでいた煙管を取り除いた。

「ふふふ、これでもう舌を噛むことはできぬわ」
「んんぐっ……」
「早々に死んでもらっては困るからのう」
「んぐ……」
「密書だけならおまえが死のうが生きようが、おまえの身体を探せばよいだけじゃ。じゃが目的は密書だけではない。おまえから真田の動向を聞き出し家康様に報告するのじゃ。徳川には伊賀の忍びがはびこっておるが、きゃつらを駆逐しいずれはわれらが諜報の任務を請け負うのじゃ。おおっと、少しおしゃべりが過ぎたようじゃな。ぐふふふふふ」
「んぐんぐんぐ!」
「わしの話を聞いて腰を抜かしたか?……ふむ、少し冷えてきたようじゃな。歳をとると寒さが身に染みていかん。おまえは大事な人質じゃ、伊賀ものが現われても鬱陶しいだけじゃ。わしの館に案内してしんぜよう」
「……?」

 玄はそうつぶやくと、煙管にタバコを葉を詰め込み火をともした。
 紫色の煙が樹々の隙間から射しこむかすかな光の中に幾何学的な模様を描いてる。
 煙を吸ったありさに、突然はげしい睡魔が襲った。

(……どうして……?ね、眠い……)

◇◇◇

 あれからどれだけ眠っていたのだろう。
 ありさが目を覚ますと、そこはどこかの地下と思しき真っ暗な牢獄の中だった。
 柱を背に座らされ、両手を後ろに縛られていた。
 白いふんどしを除いて装束はすべて脱がされ、白い肌があらわになっていた。
 ありさの目の前には玄がいた。

「起きたか」
「ふんぐふんぐ……!」
「舌を噛まれてはこまるからのう。しばらくは我慢してもらおうか」
「……」
「ここがどこか分かるか?」
「……」
「わしの館じゃ。淫蛇の森の奥深くにある。館の周辺にはあらゆる罠が仕掛けてあるので、伊賀者もおまえの仲間の真田者もここまで来るのは無理じゃろう。いまだかつてここまで辿り着いた者は一人もおらぬ。つまりおまえを助けてくれる者はどこにもいないということじゃ。諦めてすべて白状した方が賢明というものじゃ」
「んぐ……」
「その前に一つ尋ねるぞ。おまえが着ていた衣装をすべて調べてみたが密書が見つからなかった。残るはそのふんどしだけと言うことになるが……」
「ふぐぐぐっ!」

 ありさは目を吊り上げて首を横に振った。

「やはりふんどしの中に隠しておるな?さあ、生まれたままの姿にしてやるぞ。ぐふふふふ……」
「ふんぐっ!」

 玄はありさのふんどしを解き始めた。

「ふんぐふんぐっ!」

 縛られて無抵抗なので、あっけなく解けてしまった。
 下腹部に生えたわずかばかりの繊毛の翳りがあらわになった。
 黒い翳りは、ありさの白い肌と対照的だ。
 少なくても縮れた毛はどこか官能的に見える。
 淡い繊毛の下に覗く一条の紅い可憐な亀裂に、弦の眼光が止まった。

「ほほう、なかなかよい光景じゃのう」

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