第二話 “山賊五人衆”

 男たちは口々にありさを愚弄する。
 あご髭の男、鉢巻の男、眉間に刀傷のある男、鍔風の黒い眼帯をつけた男、丸禿の男など、五人のごろつき風の男たちが肩をいからせて歩み寄ってきた。
 ありさは一瞬怯んだが、彼らの威嚇に負けてはならないと、あえて虚勢を張ってみせた。

「貴様たちは何者だ」
「さあて、いったい何者だろうな。高野山のキツネかもな~、コンコン!」
「むむっ、ふざけるな!早くそこをどけ、先を急いでおる!」
「がははははは~!そう怒るなよ~。ところでこんな夜更けに急いでどこに行くつもりかな?高野参りには見えないが。なあ?若武者さんよ」

 幸い彼らの目にはありさが男と映っているらしい。
 ありさはわざと平静を装い、毅然とした態度で臨んだ。

「貴様たちに言う必要などない」
「ふん、なんだよ、偉そうにしやがって!」

 前方のあご髭の男とやり取りをしているうちに、いつの間にか二人が後に回り込み、ぐるりとありさを男たちが取り囲んでいた。
 いくら腕に自信があるとは言っても、相手は海千山千の荒くれども。しかも真っ暗闇は土地勘のある彼らに有利である。
 それでもここは絶対に先へ進まねばならない。父真田幸村のいる庵へ急がねばならない。

 ありさは口を真一文字に結ぶと、剣を引き寄せ鯉口を切って見せた。

「ん?おまえ、俺たちを切ろうと言うのか?」
「……」
「面白いじゃねえか。切れるものなら切ってみやがれ!」
「くっ……」

 ありさを取り囲む輪が次第に狭まっていく。
 男たちは古びた剣や鎌など思い思いの武器で身構えている。

「もし運良くお前がおれたちの誰かを切ったとしても、その隙にお前も叩き切ってやるから覚悟してろよ」

 あご髭の男が不敵な笑みを浮かべ凄んで見せた。

「なあ、悪いことはいわねえよ。今のうちなら勘弁してやるから、身包み脱いで置いて行きやがれ」

 彼らは物盗りが目的なのだ。

(冗談じゃない。ここで衣を脱げば、私が女だと言うことがばれてしまうではないか。ここは絶対に突破しないと……)

「断る」
「なんだと?金と衣だけで許してやろうと言ってるのに、俺たちに刃向うのつもりか?へ~、いい根性してやがるな~。おい、野郎ども!この若武者をやってしまえ!」

 親分とおぼしきあご髭男の号令で、突然、正面にいる鉢巻の男が鎌を振りかざしてありさに襲い掛かってきた。

(カチャッ!)

 ありさは目にも止まらぬ速さで剣を抜いた。
 白刃一閃、鎌を握った男の悲鳴が聞こえた。

「ぎゃぁ~~~~~~~~~~!!」

 男は絶叫とともに地面に倒れ込んでしまった。
 
 ありさはさらに剣を中段に構えた。中段の構えは、別名『正眼の構え』とも言われており、攻防自在で、相手のどんな動きにも対応しやすい構えと言われている。

 男たちの顔がにわかにこわばった。

「こ、こいつ、本気でやりやがった!く、くそ!やっちまえ~!!」

 続いてあご髭の男が剣で切りつけてきた。
 おそらくこの男が親分だろう。

(ガシッ!)

 男の剣をありさはがっちりと受け止めた。
 剣が合わさり、男がすごい力で圧してくる。
 刃は欠け落ち剣はまともな代物とは言えないが、そこそこ腕も立ち、何より力が半端ではない。
 ありさは、相手をはねのけようと試みたが、力ではとても敵いそうになかった。
 ありさはあご髭の男に圧倒されて、一歩、二歩と後退していく。

(く、くっ!何と言う馬鹿力!でもここは絶対に負けるわけにはいかないわ!ここを突破して早く父上に密書を届けなければ……)

 そう思った矢先、ありさの頭上に何やら網のようなものが落ちてきた。
 投網のようだ。

「な、何をするっ!?」

 投網は元々漁具として生まれた物だが、山間部の狩人が網を小型化して動物の捕獲用に用いている。
 一度網に絡められてしまうと行動力が奪われてしまい、内側から引き裂こうとしても思うように剣が振るえない。

「ひ、卑怯者!!ここから出せ!!」
「掛かったか~、愚か者め!!」

 ありさは懸命にもがくが、もがけばもがくほど網は身体に絡んでくる。
 四人の男たちが一斉にありさに飛び掛かり、剣を奪われてしまった。

「うわっ!!」

 網は取り払われたが、丸禿の男がすごい力で羽交い絞めにしているので身動きが取れない。

「は、放せ!」
「暴れるな!大人しくしろ!」

 眉間に刀傷のある男が胴体に荒縄を巻き付ける。

「何をする!やめろ!」
「怪我をしたくなかったらじっとしてろ!」

 ありさを縛り付ける手下を余所に、あご髭の男は余裕綽々でありさから奪った品定めをしている。

「ほう~、結構いい剣じゃねえか。これは貰っといてやるぜ。おい、お前たち!その若武者を身包み引っ剥がしちまいな!その着物なら結構いい値で売れるぜ!」
「へえ~、お頭!」
「あいよ!」

 抵抗を避けるためありさの足首にも縄が巻き付けられた。
 括りつけられた縄が引っ張られる。

「うわっ!」

 平衡感覚を失ったありさは思わず横転してしまう。
 ありさを押さえつけようとした眉間に傷の男の指が、図らずもありさの胸元に触れた。

「あれ……?」






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