第3話「欲望と葛藤が渦巻いて」
ただし目と鼻の先には3-Aの生徒もいるはずなので、車村は声のトーンを落とした。
「間違ったけど、怒ってるわけでもないし、気にすることないじゃん?」
「でも恥ずかしい……」
車村に合わせて声を潜めるありさ。
かがんだ耳元にささやく声が愛らしい。
そのとき、車村はふと柔らかいものが触れるのに気づいた。
上腕にありさの胸が当たっているではないか。
大きくはないが、丸くて柔らかい感触。
(そうか。妹みたいに思ってたけど、この子はもう17才の女の子なんだ……)
車村の肩に手をかけて屈ませ、ありさが車村の耳元でささやく。
「でも興奮しちゃいますね、暗い中で」
そのとき、車村はふと、ありさが胸を腕に押しつけているような気がした。
(気のせいかな……いや、やばいぞ。すごくやばい……)
耳を澄ますと、「来た来た!」と3-A男子の声が聞き取れるほどの至近距離だというのに。
二人がささやき合う声は、彼らには聞こえないだろうが、それでもできるだけ音は抑えなければならない。
もし車村がありさに強引なことをして、抵抗でもされたら確実に音が漏れてしまうだろう。
3-A男子から臨時スタッフを引き受けたという立場もあるので無様なことはできない。
心の中に相反する二つの感情が起こり車村を迷わせた。
一つは欲望に対してためらわずに行動すること。
もう一つは高ぶる気持ちを理性で抑えること。
生まれてこの方これほど悩んだ瞬間がかつてあっただろうか。
今はっきりと言えることは、車村の股間が火でも点けたら引火爆発を起こしそうになっているということである。
(ああ、触りたい……)
喉から手が出るほど欲しい、とはこのような場面を言うのかもしれないと車村は思った。
車村は覚悟を決めて、隣の位置にいるありさの腰を抱いてみることにした。
万が一の保険は、「耳元でささやくために近づいた」と言い逃れをすることに。
(何か話さないと……ああ、言葉が出てこない……)
車村の手が震えている。
しっかりしろ、と自分を励ます車村。
ゆっくりと右手を伸ばして、ありさの腰に手を回した。
不安だったが、やればできるものだという達成感。
ありさは抗わない。
車村は安堵の胸をさすった。
客が近づいて来たが、見送ることに決めてそのままでいると、ありさがもじもじしている。
(もしかしてこれはオーケーの合図か? それともまだ早いのか……?)
スカート生地の手触りに感動し、さらにはありさの細い腰の感触に心ときめかせる車村であった。
(お尻が触りたい……)
車村がそう思っていると、ありさが彼の肩を叩いた。
屈む車村の耳元で、ありさがささやく。
「車村先輩は、誰でも触りたいの?」
車村はふと考えた。
さきほどまでは、確かにカップル以外は触れたら誰でも触っていた。
だけど今、触りたいのはたった一人、それはありさだ。
別の男子に尻を触られたことに嫉妬し、腰に手を回して感動し、以前は妹みたいに思っていたが、いつしか『17才の女の子』として意識していた。
車村は無言でありさの腰に両手を回し、正面を向かせて抱きしめ、思ったことをそのままささやいた。
ありさは抗うこともなく、じっと車村のささやきに聞き入っている様子であったが、まもなくそっと言葉を返した。
「私はね、本当は誰にも触られたくないんです。でも先輩は別なの」
そしてありさは、車村の首に手を回してきた。
真っ暗な教室の窮屈なスペースで、二人して抱き合う。
次にどのように行動すればよいのか分からなくて戸惑う車村。
「車村先輩はさっき耳元で私のことを『17才の女の子』と言ってくれたでしょ? ほかの3年生の人たちはみんな私を妹って言うんですよ。やっぱり女の子として見て欲しくて……」
「そうなんだ。実は俺もありさちゃんがお化け屋敷に入ってくるまでは妹だと思ってた」
「な~んだ、がっかり……」
「でもありさちゃんがこのスペースに入って来てから、急に『17才の女の子』に変わってしまったんだ」
「車村先輩って正直ですね」
「そうか?」
「ねえ、車村先輩……」
「なんだ?」
「結構いい女だと思いますよ、私。見た目はガキかもしれませんけど」
車村の気持ちに少し余裕が生まれた。
女の子にここまで言われると、腹が据わってしまうものだ。
「そうか。でもね、俺の彼女になる人は大変なんだよ?」
「どうして?」
「俺、呆れられるほどエロいから」
そうささやくと、車村はありさにキスしようとした。
ところが、車村の唇が捉えたのは、あろうことかありさの鼻だった。
引くに引けなくなった車村は仕方なく、口の中のありさの鼻を軽く噛んだ。
ありさはビクっとしたが、やがてクスクスと笑った。
「私はここよ~」
ありさがささやき、車村は仕切りなおしのキスをした。
合わせた唇をしばらくして放すと、ありさは「今度は当たり」とささやく。
車村は「かわいい」と返し、ふたたび唇を合わせた。