第3話
たこ焼き屋を出たあと、阪急東通り商店街を横目に見ながら隣町の堂山町へと向かった。
7月とは言っても陽が沈み夜風が吹くと少しは凌ぎやすくなる。
「ありさちゃん、肩の出た服だからちょっと涼しいのでは?」
「ありがとう。大丈夫よ~」
ありさは、いつのまにか僕の腕に縋りつくようにして歩いている。
東京や横浜ならともかく、大阪なら友人に会うおそれもなく、つい大胆になってしまうのだろう。
「ねえ、Shyさん?」
「なに?」
「ありさ、すっごく嬉しい~♪Shyさんにやっと会えて……」
「僕もだよ」
「ほんと?」
「もちろんだとも」
「でも、Shyさん、他に好きな人いるんでしょ?」
「……」
「あっ、ちょっと拙いこと聞いたかな?Shyさんってプライベートな話題に触れられるのが嫌いだったよね?ネットでもリアルでも……」
「ありさちゃんのこと大好きだよ。とても可愛いもの」
「え?ホント?嬉しいなあ~~~」
僕たちはまるで旧来の恋人同士のように寄り添いながら、いつしか繁華街の闇の中に溶け込んで行った。
飲食店が混在する雑居ビルの地下に時々訪れるバーがある。
コンクリート打放しのシンプルなデザインの店内は、無機的ではあるがゆったり寛げる落ち着いた雰囲気が漂っている。
靴音を響かせて螺旋階段を降りていくと、透明ガラスの大きな窓と扉があった。
店内の様子が一目で窺える設えになっている。すでに何組かの客が来ていて賑わっているようだ。
「いらっしゃいませ」
温かみのある木のカウンターには椅子が10席並び、テーブル席は5卓程度のこじんまりとした店だ。
バーテンダーは2、30代の男性がほとんどで女性店員の姿はない。
そのせいか客の大部分が女性客かカップルで占められていた。
カウンターの両端には先客が席を埋めていたので、僕たちは真ん中の空席に案内された。
「何になさいますか?」
対面から長い髪をポニーテールにまとめた美形のバーテンがオーダーを尋ねてきた。
「そうだね。ありさちゃん、何がいい?」
「う~ん、軽いめのカクテルがいいな~。モスコミュールにしようかな?」
「じゃあモスコーミュールとジャックダニエルのダブル水割りをもらおうかな?」
「はい、承知しました。おつまみはよろしいですか?」
「うん、チョコレートくれる?」
「はい、かしこまりました」
店員は早速モスコミュールを作り始めた。
タンブラーグラスにウォッカやジンジャーエール等を入れゆっくりとかき混ぜる。
バーテンダーはカップルから注文を受けた際、女性客の飲み物を先に作る……これはバーにおいてはごく一般的なことである。
「お待たせしました」
バーテンは微笑みを浮かべながら琥珀色したカクテルをありさの前にゆっくりと差し出した。
「ありがとう~」
ありさはにっこりと笑みを返す。
バーテンは休む間もなくオールド・ファッションド・グラスにジャックダニエルを注ぎ、ミネラルウォーターを加え軽くステアする。氷を入れたらできあがり。
「お待たせしました」
「ありがとう」
僕はグラスを手に取った。
「ありさちゃん、乾杯しようか」
「うん!しよう!でも何に乾杯するの?」
「う~ん、そうだね。ありさちゃんの瞳に乾杯!」
「ん?どこかで聞いたことがあるような……?Shyさんオリジナル?」
「違うよ。『カサブランカ』という映画に出てくる名台詞なんだ」
「ボギーことハンフリー・ボガ―トがイングリッド・バーグマンに言った台詞で、世代を超えてすごく有名だって聞いたよ」
「ええ~~~!?なんでありさちゃんまだ生まれてないのに、そんな昔のこと知ってるの!?」
「うふふ、一応これでも映画通なの、Shyさん知らなかったでしょう?」
「知らなかったよ~、すごいね~」
「あは、そんな名台詞を私に言ってくれたのね」
「うん、それにしてもかなりキザな台詞だよね。映画だからいいのかもね」
「そんなことないよ~。Shyさんが言うと結構似合ってるよ~」
「え~?それって誉めているつもり?」
「ん?まあね」
「キザついでに、この映画にはもうひとつ名台詞があるんだけど知ってる?」
「それは知らないな~。教えて?」
「『昨夜はどこにいたの?』
『そんな昔のことは憶えてないね』
『今夜会ってくれる?』
『そんな先のことはわからない』」
「きゃははははは~!それじゃ取りつく島がないじゃ~ん、今時そんなことを言うと、女の子、怒って帰ってしまうよ~」
「ははははは~、ハンフリ―・ボガ―トが女性につれなくしている台詞でね。ニヒルな主人公だから言える台詞かもね」
「ニヒルってなあに?」
「『冷たく醒めている』とか『無感情で冷たい』とか『暗い影がある』と言うような意味だよ」
「ふうん、そうなんだ。じゃあShyさんとは全然違うね」
「おいおい、僕だって少しぐらいは影があるぞ」
「影だらけだったりして。あはははは~」
「ニヒルのことはさておき」
「ん?」
「バーチャルからリアルへ!素敵なガールフレンドとの出会いに乾杯~♪」
「カンパ……、え?ガールフレンドなの?恋人……じゃないのかな?」
「うん、素敵なガールフレンドだよ~」
「あはは、まあいいか~、カンパ~イ♪」
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