亜理紗



第2話“美少女亜理紗”

「なるほど……そうなんですか。とても切ない話ですね」

 そして静かな口調でつぶやいた。

「今日から10日間宿泊させていただきますのでよろしくお願いします。改めて詳しく聞かせてくださいね」
「はい、よろしゅうございます。今日はお疲れでしょうから、温泉にでも浸かってゆっくりされるのがよろしいかと思います」
「ええ、そうさせてもらいます」
「ではまた後ほど参りますので。ごゆっくり……」

 女将が部屋を出て行った後、急いで鞄からスマートフォンを取り出し女将の話を一心不乱に記録した。
 記録が一段落した俊介は広縁の椅子に腰をかけ、窓から外の景色を眺めながらゆっくりとビールを飲んだ。
 外ではしんしんと粉雪が舞い、まるで真綿のように美しい。
 こんな大雪を間近で見るのは数年前にスノーボードで行った白馬八方尾根以来だ、と感慨深げに雪景色を見惚れていた。

 俊介はコップのビールを飲み干すと、思い立ったかのように突然ムートンコートを羽織った。
 それにしてもすごい雪だ。豪雪の苦労や大変さを知らない俊介にとっては、その光景は幻想的で美しいものとして映った。
 幼い日、新潟とは比べ物にならないが東京にも雪が降った。東京の雪は積もることが少なく降っても直ぐに溶けることがほとんどであった。俊介は子供の頃に帰って雪遊びがしたくなった。
 俊介は旅館に頼んで傘と長靴を借りて外に出てみた。
 外は辺り一面が銀世界だった。
 降る雪をてのひらを広げて受けてみたが、水分が少なくてさらさらしている。
 ふと見上げると灰色の空の下に雪帽子を被った山並みが見えている。
 あの山は何と言うのだろうか。

 その時、やまかげに数ヵ月前に別れた恋人の顔がぼんやりと浮かんだ。
 二人の間に亀裂が生じ絶えず衝突していた。
 お互いに疲れ果てていた。
 俊介は雪をてのひらですくいとり丸めてみた。
 だけどさらさらの雪はうまく丸まらないでてのひらからこぼれ落ちていった。
 まるで別れた女とのラストシーンのようだと俊介は思った。

 かなり気温が下がってきたのか、足元がジンジンと冷えてきた。
 都会の寒さとは比べものにならない。
 俊介は旅館に戻ることにした。凍えた身体には温泉が一番だ。
 俊介は2階にある自室から1階の廊下突き当たりにある大浴場へと向かった。
 大浴場の扉を開けるとそこは情緒あふれる岩風呂になっていたが、湯気が立ち込めていて向こうが良く見えない。
 俊介以外に人はいないようだ。
 大浴場は爽快なものだが、自分以外誰もいないだだっぴろい風呂というものは、どこか不気味さ漂うものだ。
 俊介は身体を洗っていると、いずこともなく水が跳ねるような音を耳にした。
 それは湯口から湯が流れ出る音ではなく、水面をバシャッと手で引っかいたような音だった。
 俊介は音のする方向に目を凝らしてみたが人の気配はなかった。

(気のせいだったか……)

 部屋に戻り、夕食までのひとときをインターネットをして過ごそうと思ったが、圏外になってしまい接続ができなかった。

(そんなに山中でもないのになあ……)

 ネットで情報収集をしようと思っていただけに俊介は些か落胆を隠し切れなかったが、直ぐに気を取り直し冷蔵庫からビールを1本取り出した。
 ちょうどその時、玄関先から若い女の声がした。

「失礼します……」
「ん?はい、どうぞ」

 襖を開けて入ってきたのは、和服姿のまだうら若い娘であった。
 俊介は思わず息をのんだ。
 娘は透き通るように色が白く長い黒髪をたたえた美少女で年齢は18、9歳くらいとか思われた。
 若いが襖の開け閉めの作法も板についており、娘は静かに俊介の前で正座すると三つ指をついて丁寧にお辞儀をした。

「いらっしゃいませ。私はこの旅館の娘で亜理紗と申します。ご挨拶にあがりました。この度は遥々東京からお越しいただきありがとうございます。こんな何もない田舎の温泉ではございますが、どうぞごゆっくりとお過ごしください」

 亜理紗と名乗った娘はすらすらと流暢な挨拶をした後、深々と頭を下げた。
 そのあまりの丁寧さに俊介は驚きを隠しきれず返答に困った。

「ああ、それはそれは、どうもご丁寧に。何かとお世話になると思いますが、よろしく頼みます」

 俊介は取り合えずそのように言葉を返し、にっこりと微笑んだ。
 亜理紗も笑顔を浮かべたが、その表情は冷たくてどこか翳りがあるように思われた。
 美人というものは凛としたその表情のせいでとかく冷たく見えるものなので、俊介はそれほど気にはしなかった。

「亜理紗さんはいくつなの?」
「19歳になります」
「へぇ~、そうなんだ。学生さんかな?」
「はい、そうなんですが、病気を患ったためこちらに帰って養生してるんです。かなり良くなったので来月大学に戻るつもりなんです」
「大学はどこ?」
「東京のO女子大学です。車井原さんと同じ東京なんですよ」



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