第1話 鴨が美女背負って

 俺の名前は車井俊介。歳は三十六歳でフリーのコピーライターをやっている。
 二流誌だが時々執筆の依頼があって、官能小説やコラムのコーナーを任されている。
 大した収入はないが、まあどうにか食べていける。
 俺の小説の特徴は想像では書かないところだ。
 つまり全て実体験を元に綴っている。
 中には法律ぎりぎりのかなりやばい話もあるが、おそらく読者は架空だと思ってくれてるだろう。
 そんなことはちっとも構わない。
 フィクションであってもノンフィクションであっても、読者が満足してくれたらいいのだから。

 少し前のことになるが、俺を夢中にさせるすごくいい女が現れた。
 女は早乙女衣葡(さおとめ いぶ)という人妻で歳は二十五歳になる。
 容姿は抜群でまるでファッション誌から抜け出したような飛び切りの美人だ。
 学生時代はミスキャンバスに選ばれたこともあり、その頃からモデルの仕事もこなしていたようだ。
 身長は百六十三センチメートルで痩せ過ぎることなくバランスのよい俺好みの肉体を誇っていた。
 もちろんプロポーションだけでなく、はっとさせるような華やかな顔立ち、切れ長で涼しげな瞳、それに透き通るように白い肌……と、どれをとっても非の打ちどころがないほど美しい。
 初めて見た瞬間、俺の身体を強い衝撃が走り抜けたのを、今でも鮮やかに記憶している。
 そうは言っても所詮は人妻。なかなか最初の切っ掛けがなく近づくことができなかった。

 俺が近づく方法を模索している最中、意外なところからチャンスが訪れた。
 それも皮肉なことに彼女の夫経由とは、『鴨が葱を背負ってくる』とはこのことを言うのだろう。
 手前味噌になるが、俺のゴルフの腕前はちょっとしたもので、ハンディキャップはシングルの『5』だ。
 そんな俺のゴルフ仲間二人が同じマンションに住んでいる。
 一人は四十五歳の無口な男で薬剤師をやっていて、もう一人は見るからに脂ぎった五十三歳の親父で近くで八百屋を営んでいる。

 二人ともゴルフの腕前は大したことはないが、付き合い始めて十年が経つ。
 同じマンションと言うこともあって、ゴルフだけでなく、酒の飲み仲間でもある。
 酒が進むともっぱら話題はゴルフよりもシモネタばかりだ。
 彼らは俺も脱帽するほどの好色家たちなのだ。

◇◇◇

 とある日曜日、夫婦揃って引っ越しの挨拶にやって来た。
 夫は『早乙女文夫』と言う実直そうなサラリーマン風の男だった。
 髪を一時代前の七三分けにし黒縁の眼鏡に小太りな体形とどこの会社にでもいそうな平凡な男だ。
 歳がもっと上だと思っていたが、後から四十歳だと聞き驚かされた。
 そして、その妻が『早乙女衣葡』。
 その若さと美貌から考えても、夫とはあまりにも不釣合いに思えた。
 俺の下賤な妬みがそう思わせたのかも知れない。
 結婚して二年になるが子供はまだいないらしい。

 俺は夜ベッドに潜ると、若妻衣葡のまだ見ぬ艶めかしい姿が瞼に浮かんで眠ることができなかった。
 あの風采の上がらない夫に抱かれて、悶える女のシルエット。
 そんなひとりよがりな妄想が嫉妬と苛立ちを増幅させていく。

(ふっ、今に見ていろ。必ず俺のものにしてやるから)

 俺は無意識のうちに股間に手を伸ばしていた。

◇◇◇

 早乙女夫妻が挨拶に訪れて以来、特に彼らと会話を交わす機会は無かったが、突然俺の元に朗報が舞い込んだ。
 俺がゴルフ好きであることをどこから聞いたのか知らないが、ある日、夫の文夫がやって来て、俺にゴルフを教えて欲しいと頼み込んできた。
 何でも最近会社で人事異動があって部署が経理畑から営業畑に変わったらしく、接待ゴルフができなければ務まらないらしい。
 しかし四十歳になるまでパターすら握ったことが無く困り果てていたと言う。
 文夫とすれば自分が住むマンションにコーチがいれば願ったり叶ったりだろう。
 俺にとっても、早乙女の依頼はまさに渡りに舟であった。

 様々な欲望が溶岩のようにふつふつと俺の中で煮えたぎり始めていた。
 その夜、薬剤師と八百屋にそのことを伝えると、彼らは喜色満面の笑みを浮かべ手を叩いて喜んだ。
 八百屋に至っては酒を飲みながら、「へへへ、飛んで火に入る夏の虫とはこのことだよ。実はね、俺もあの早乙女の奥さんの顔を初めて見た時からムラムラしてさ~。あんなベッピンとナニができたら死んだって構わないさ~。わっはっはっは~~~!」等といいながら、人差し指と中指の間に親指を挿し込む卑猥なしぐさを見せながら高らかに笑っていた。

 普段は無口な薬剤師も、早乙女からの依頼をこれはまさに『天からの授かりもの』だとばかり喜んだ。
 同じマンションに住んでいても、早乙女の妻と話す口実がなかなか掴めなかったが、これで切っ掛けが保証されたようなものだった。


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