第8話「指輪の在処」

 盗んだ指輪が出て来なければ捕えるわけにはいかない。
 兵士が髭の男を釈放しようとしたとき、窓から様子を窺っていた執行官のカインが彼らの前に飛び出した。

「ちょっと待て!その男を釈放するな!盗んだ指輪を隠すところを俺は見ていたぞ」
「おおっ、これはこれは、執行官のカインさんじゃないですか。深夜のお勤めごくろうさまです」
「君も巡回警備ごくろうさんだな」
「ところでこの男が隠すところをご覧になってたと言うことですが、いったいどこに隠したのですか?」
「聞いて驚くなよ。現在そこの壁で刑を執行中の女受刑者の体内だよ」
「体内って?」
「あの女受刑者の姿を見ればおのずと分かるだろう?」
「えっ!?まさか!もしやアソコに!?」
「そう、そのまさかだよ」
「な、何と!アソコに隠すとは気が付きませんでした!何と頭のよい男だろう」
「おいおい、感心してどうする」
「失礼しました。あまりにも奇想天外だったものでつい……」
「とにかく証拠の指輪を早く取り出した方がいい」

 捕えられた髭の男がニヤニヤと微笑みながらポツリとつぶやいた。

「隠したのは俺だから、俺が取り出してやるよ。すまねえが縄を解いてくれねえか?」

 うまいことを言って逃走するつもりだろう。
 兵士は髭の男の申し出を断った。

「いやいや、それは無理だな。執行官どの、すみませんが女性のアソコから指輪を取り出してもらえませんか」
「うん?俺がやるのか?」
「はい、私はこの男を取り押さえておりますのでお願いします」

 兵士から指輪の取り出しを頼まれた執行官カインは壁尻に接近した。

「誤解するなよ。これは仕事だからな。好きでやるんじゃないんだからな」

 執行官カインの弁解する様子に、兵士だけでなく髭の男までがクスクスと笑った。
 秘裂にそっと指を忍ばせた執行官カインは、難なく指輪を探り当て取り出した。

「これだな?」
「この指輪で間違いないと思います。今から被害者に指輪を返し、この男を衛兵団に引き渡してきます」
「指輪が戻ってよかったな」
「はい、被害者の女性もきっと喜ぶことでしょう。おい、行くぞ!」

 兵士は盗っ人の縄を引っ張ると静かに暗闇へと去って行った。
 人影が消えても執行官カインは壁尻の前でぼんやりと立ち尽くしていた。
 しばらくの間、先程の肉の感触を回想するかのように指先を見つめていたが、まもなくハッと我に返り持ち場へと戻って行った。

◇◇◇

 夜が更けてもイヴは眠ることができなかった。
 それもそのはず、指輪の出し入れで男の指が二度までも往復したわけだから、安穏とはしていられなかった。
 愛撫するようなねっとりとした触れ方ではなかったものの、触れられたことには変わりがなく、次にいつ襲われるかイヴとしては気が気ではなかった。 

◇◇◇

 その後は何事もなく平穏に過ぎていき、ついに三日目の夜を迎えた。
 水しか与えられていないイヴではあったが、常に毅然とした態度を保っていた。

(もう少しの辛抱だわ……このまま何事も無ければきっと解放される……がんばらなければ……)

 執行側は二十四時間体制でイヴを監視する必要があったため、執行官は一日三交代制となっていた。
 その時間帯の回廊の執行官はアンドリアとフランチェスコだった。
 監視の鋭い目が光る中、壁尻の前に初老の神父が現れた。
 神父は看板を黙読し壁尻に視線を送った。

「神父と言ってもやっぱり男。何かやるかも知れないぞ」
「さすがにそれは無いと思うがなあ」

 神父に疑心を抱くアンドリアと神父は聖なる人と信じて疑わないフランチェスコ、二人は神父の行動をじっと見守った。
 神父の表情は深い悲しみに満ちていた。
 壁尻を見つめたまま、右手で自らの額、胸、左肩、右肩の順に十字を切り静かに祈りを捧げた。
 
「神よ……汝の御心でこの罪なき者をお救いください。絶望には希望の種を、暗黒には光の種を、悲しみには喜びの種を与えてください。神よ……」

 神父は祈りを捧げるとまもなく足音もなく立去っていった。

 そして一時間ほど経過した頃、素行の悪そうな二人の少年がやってきた。
 背が高くてヒョロリとした方が名前をピエトロといい、背が低くて太った方をマルコといった。
 体型は異なるが、落ち着きが無さそうな点がよく似てる。二人は同い年で今年十九歳になる。
 何やら言い争いながら壁尻の方にやってきた。

「もうちょっとで盗めたのに、おまえがあそこでどぢを踏むからいけなんだよ」
「そんなこと言ったって、あの時は慌ててしまったんだよ」

 どうもマルコがピエトロの失敗を咎めているようだ。

「ん?何だ、ありゃ?おい、あの壁に面白いものがあるぜ。あれは女のケツじゃねえか。それも若い女のケツだぜ!」
「ほんとだ。看板に何か書いてあるぞ。なになに?」
「ふむふむ。お~っ、こりゃおっかねえや!この女は魔女なんだって」
「そんでもってこの女にどんな悪さをしたって構わないらしい。こりゃすげえや!」
「こんなチャンスは滅多にないぜ~。逃す手はない。さあ、早くやっちまおうぜ!」



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