第12話「三人の騎士」

 ロングソードを構えたその時、いずこからともなく一本の矢が放たれニコロの右腕に命中した。

「ぐわっ!!」

 悲鳴をあげもんどりうって倒れるニコロ。
 矢を放ったのはミュール国クロスボウの名手ムッヒーであった。
 倒れたニコロの前に三人の騎士が現れた。
 ミュール国近衛騎士団長のシャロック、騎馬隊長のセト・サリバン、そしてもう一人は刑務執行官のカインであった。

「うぐぐ……な、なぜ邪魔をする……?」
「壁刑の女を助けに来た」

 ニコロは矢傷を負っても落としたロングソードを拾ってまだ応戦しようとしている。

「無駄な抵抗はやめろ。その傷だと勝ち目はないぞ」

 シャロックが弱々しく握ったニコロのロングソードを叩き落とした。

「おまえたちは……何者だ?」
「何者でもよい。それよりも私の質問に答えるんだ。この女の殺害を命じたのは誰だ?」
「言うものか」
「言わなければおまえの命はないぞ」

 シャロックはニコロの首筋に刃をあてがった。
 ニコロは恐怖で顔が引きつっている。

「ううっ……分かった、言う……言うから命だけは助けてくれ」
「では言え」
「軍務大臣ギャバンの命令だ」
「やはりそうか。よし、もういいぞ。どこにでも消え失せろ」
「え?本当に助けてくれるのか?」
「当然だろう。おまえは救命を条件に黒幕を話してくれたのだから」
「ううう……なんて優しい人なんだ……おかげでおれは命拾いをしたよ」
「たいそうなことを言うな」
「もしよかったらおれを手下にしてくれないか?」
「手下だと?いやいや遠慮してくよ」

 騎馬隊長のセト・サリバンがムッヒーやカインたちと時折壁を指さしながら何やらひそひそ話をしている。

「それにしても神官イヴはすごい格好だなあ。アソコが丸見えじゃないか」

 ムッヒーがはにかみながらつぶやいた。

「美女神官として名高いイヴさんのアソコが拝めるとは、いやあ、命がけで乗り込んできてよかったですよ~」
「その点カインはずっと眺めてたんだろう?役得ってやつか?」
「何てこと言うんですか。内通役って大変だったんですから。あ、他の執行官が眠っていると思うのでちょっと見てきます」
「今、起こさなくていいよ。今起こすと騒ぎ出して、ちょっとややこしいことになるから」
「はい、分かっています。イヴさんが無事救出されてから起こしますので」

 シャロックがみんなに声をかけた。

「おい、イヴを救いに行くぞ!ムッヒーはおれといっしょに来てくれ!セト・サリバンは回廊で見張りを、カインは執行官を見張っててくれ!」

 シャロックとムッヒーが駆け足でイヴの元へ向かった。 

◇◇◇

「おお、イヴがいるぞ!壁に埋め込まれている!」
「幸いこちらの執行官もぐっすりと眠ってる!」

 シャロックとムッヒーは拘束されているイヴの元に駆け寄った。

「イヴ!だいじょうぶか!?」
「イヴさん!生きててよかった~!」

 シャロックは先ず口を覆う猿轡を解いた。

「シャロック……ムッヒー……助けに来てくれたのね……ありがとう……」

 柔らかそうな金髪の髪が揺れた。
 整った鼻梁に凛々しい眉、シャープなラインを描く頬は少し削げた気がする。
 雄々しい美貌には隠しきれない疲労の色が滲むが、魅力を損ねるどころか逆に、危うい色香さえ溢れさせていた。
 切れ長な青い瞳がシャロックを映し、柔らかく細められた。
 形の良い唇から、ほっと安堵の息が洩れる。
 安心しきったような表情は、シャロックの心を一瞬で鷲掴みにした。

「あぁ……良かった。無事だったんだね」
「シャロック……」

 シャロックとムッヒーはイヴの拘束を解き放っていく。
 イヴの心にじわじわと歓喜が湧き上がる。
 いつ絶命するかもしれない恐怖に血の気をなくしていた指先にまで、ゆっくりと熱が巡っていく。
 頬が熱い。
 さっきまでとは別の意味で、身体が震える。

「シャロック…ムッヒー……私、助かったのね……」

 なかなか言葉が出てこないイヴ。やっとの想いで絞り出す。
 そんなイヴが突然奇声をあげた。

「きゃ~~~~~!シャロック、うしろ!!」

 眠り薬入りワインで眠っていたはずの執行官が突然目を覚まし槍で急襲してきた。
 シャロックはイヴの青い瞳に映り込んだ敵に気づきソードを構えた。
 敵の槍を難なくかわし、ソードを突き込むと執行官が断末魔の叫び声をあげた。

「ぐゎぁ~~~~~!!」
「危なかったね、シャロック」
「ありがとう、イヴの澄んだ瞳のお陰だよ」
「私の瞳?意味が分からないけどシャロックが助かったからまあいいか」
「シャロック、おれが気づかなくてすまない」
「気にするな」
「私が捕まってここにいること、どうして分かったの?」
「うん、実は執行官の一人に味方がいてね。その男が伝書バトで知らせてくれてたんだよ」
「へえ、そうだったの」
「イヴが親書を届けに行って予定通り帰らないものだから、変だなと思ってね」
「魔女扱いされちゃってこの有様よ」
「実はこの国に到着してすぐに国務大臣ミシェール殿のところに行って、いきさつを全て聞いたんだ。ミシェール殿はたいそう心を傷めておられて、神官イヴさんが大変なことになってしまって申し訳ないと……。ミシェール殿は『とにかく早くイヴさんを助けてやってくれ。救出後のことは私に任せてくれ』と言っておられた。で、急いでここに来たってわけ」
「そうだったんだ。私、もう生きた心地がしなかったよ。それはそうと……」
「ん?なに?」
「ちょっと言いにくいんだけどね……今日ずっと尿意を耐えてたんだけどもう限界なの。トイレまで行く暇ないので隅に置いてあるおまるで用を足したいの。みんなちょっと目を伏せてくれるかな……」
「ああ、そういうことか。お安いご用だ。それにしても見事な眺めだったな~」
「眺めって……もしかして……あっ!回廊から私のお尻を見たのね!もう!シャロックもムッヒーもエッチなんだから~~~っ!」
「怒るのはいいけど、今裸にマントしか着ていないから、怒るたびに身体のあちこちが見えてるよ」
「きゃっ!」
「まあ、とにかく早くおしっこしろよ」
「あっ、いけない、忘れてた」
「おしっこ忘れるなよ」
「へへへ、じゃあ、みんなちょっと向うを向いててね」

◇◇◇

 それから二週間後、ミュール王国とシテ・エスポワール公国との間に同盟が締結された。
 両国民も平和の到来をたいそう歓び、いたる所で祭典が催された。
 平和の使者となった神官イヴの勇気と忍耐強さは大いに評価され、両国王から勲章を授与されることとなった。
 一方、イヴに無実の罪を着せ、さらには暗殺までも企てたギャバン軍務大臣は裁判にかけられ、己の権力拡大のため国の平和を乱した罪は大きく死刑が言い渡された。

 かくして平和が到来したのであった。

「イヴ、ところで拷問や桃晒しの刑の最中、エッチなことされたんだろう?」
「されてないよ~」
「ほんとう?」
「ほ、本当だよ……、シャロックたら疑り深いんだから」
「本当は少しぐらいされたんだろう?」
「少しだけね……」
「やっぱり」
「ねえ?シャロック、もしも私、強姦されてたら嫌いになる?」
「大嫌いになる」
「ショック……」
「嘘だよ!嫌いになるわけないじゃないか!」
「そうなの?」

 シャロックは突然イヴを強く抱きしめた。。

「君がどんな目に遭っていようと、君への愛は変わらないよ、イヴ……」
「嬉しい……愛してるわ、シャロック……」

 ミュール城が一望できる誓いの丘に夜の帳が下りていた。
 長く伸びたふたつの影がやがてひとつに重なり合った。






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