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第1話 “嫉妬”

 すべては女の嫉妬から始まった。
 物語は都内の大手私立病院。主人公は早乙女衣葡(さおとめ いぶ)25歳。
 院内には200人を超える看護師が勤務しているが、その中でも類まれな美貌と魅惑的な肢体を備えた衣葡は医師や患者たちからも注目の的であった。
 容姿だけでなくいつも朗らかで性格もよく、そばにいるだけでその場の雰囲気が華やぐほどの魅力を持ち合わせていた。

 そんな衣葡を遠くから羨望のまなざしで見つめ快く思っていない一人の看護師がいた。
 彼女は衣葡と同期で名前を山本詩織(25歳)と言った。
 彼女もまた衣葡に勝るとも劣らないほどの美貌を備えていたが、底意地が悪く人一倍嫉妬深い性格であった。
 仕事っぷりも真面目な衣葡とは異なり、態度や行動面もだらしがなかった。
 当然そんな詩織に対する医師たちの評判も良くなかった。
 良いうわさも悪いうわさも狭い病院内だとすぐに拡がってしまう。
 近頃は衣葡を絶賛する言葉ばかりが詩織の耳に届いた。

「衣葡さんは美人だけど全然気取ってないしすごくいい子だね」
「まったくだね。仕事もよくできる上に気配りもあるしね」
「彼女にしたいくらいだよ」
「あれほどの子なら彼氏いるんじゃないか?」

(ふん、容姿だったら私だって衣葡さんに負けてないわ。なのにどうしてあの子ばかりが持てはやされるのよ)

 詩織は噴煙のように吹き出る嫉妬心を抑えることができなかった。
 やがてそれは次第に憎悪へと変わっていった。

 その頃、病棟の511号室に横田(43歳)と言う入院患者がいた。
 横田は不動産ブローカーを生業とし羽振りのよい生活を送っていたが、日頃の不摂生が祟って腎臓疾患を患い入院することとなった。
 病状がかなり回復した頃、持ち前の好色がむくむくと頭をもたげてくると担当看護師の詩織と急速に親密さを増し、やがて肉体関係に至った。
 病室が個室であったこともふたりの関係に拍車をかけ、詩織の夜勤時には院内とは思えないような痴態絵巻が繰り広げられた。
 横田は暇を持て余すと休憩室におもむき、他の患者の男たちと世間話に興じていた。
 その中でも内田(52歳)と山口(27歳)のふたりとは特に話が合うようであった。
 個室の横田とは異なり、内田たちは相部屋で同じ階の515号室に入院していた。
 内田は現在は堅気だが元々某暴力団に所属し若頭まで務めた男であった。背中の入れ墨がその名残といえる。
 山口は外見は美男子だが就職しても一ヵ所に定着できなくて職を転々としていた。根が飽き性なことと、社内の女性にすぐ手を出してしまう悪い癖がありそれが災いしたようである。

 515号室は4人部屋で、内田と山口の他に川島と言う寝たきりの老人が入院していた。
 川島は御年85歳で常に点滴を施されていた。
 ちなみにもう1つのベッドは現在空き状態であった。

 その夜、深夜勤務の詩織は横田の部屋を訪れ悩みを打ち明けた。
 衣葡は性格の悪い女で自分を苛めてばかりだと、だから仕返しをしてやりたいのだと、 ありもしないことを捏造して横田に吹き込んだ。
 横田は詩織のパンティの中で指を動かしながら、優しい言葉で詩織を慰めるのだった。

「俺に任せろ。必ず復讐をしてやるから」

 嘘泣きをしていた詩織はにやりと微笑みながら小さくうなずいた。

◇◇◇

 6月15日の深夜勤務担当の看護師は早乙女衣葡、山本詩織、吉田幸子の3人だった。
 詩織は事前に衣葡の夜勤日を調べたうえ、師長に「15日に深夜勤務をしたい」と希望を出しそれが受け入れられたのであった。

 夜も更け午前1時のことであった。
 ナースステーションに突然患者からのナースコールが鳴り響いた。
 その時ナースステーションは詩織が巡回中、幸子は仮眠中、そして衣葡が一人で待機していた。
 当直医の吉岡もちょうど仮眠の時間帯だった。
 実は詩織が淹れた茶に睡眠薬が微量入っていたため、吉岡と幸子は朝の5時まではまず起きることはなかった。

 ナースコ-ルは515号室の内田からだった。
 衣葡に緊張が走った。

(コールは内田さんからだわ。もしかして急変したのかしら!)

 寝たりきの患者であれば便意の場合が多いが、回復しつつある患者からのコールは逆に不安を煽るものだ。

(急がなくては!)

 衣葡はナースステーションを出て515号室へと急いだ。

 音をたてないように静かに515号室のドアを開く。
 夜間の病室には非常灯が灯るだけで真っ暗と言ってよい。
 左側の列の窓際に内田のベッドがある。
 他の患者を起こしてはいけないので、電気も点けず暗闇の中を進む。
 5、6歩進んだ時……

「ううっ!」

 突然、背後から何者かが衣葡の口をハンカチで塞いだ。

「ううぐっ、うううっ!」

 衣葡は必死にもがいたが、相手の力は圧倒的に強い。
 ハンカチに医療用の睡眠薬を染み込ませてあったらしい。

「ううう……」

 衣葡の意識が次第に薄れていき、まもなく床に崩れるように倒れ込んでしまった。

「いつも世話になっているのにすまないね。悪く思わないでくれよ」

 内田は倒れ込んだ衣葡に小声でささやいた。


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