第3話

 9時30分、まりあたちは周部留戸(しゅうべると)ゴルフ場に到着した。
 家を出てからちょうど1時間掛かったことになる。
 平日と言うこともあって客も少なく閑散としているように思われたが、ゴルフ場は意外なほど賑わっていた。
 時間から考えて、早朝から訪れてすでにラウンドを終えた人たちと、これからプレイを楽しむ人たちが混在しているように思われた。
 賑わうフロント附近の様子を見ていた車本とまりあの元へ、1組のカップルが現れた。

「やあ!車本、久しぶりだな~!」
「車本さん、ごぶさたしています!」

 おそらくこの二人が今日いっしょにプレイをする車本の友達夫婦なのだろう。
 男性は長身で眼鏡をかけており、女性は小柄で愛くるしい雰囲気がした。

「お~、望月、元気だったか?」
「うん、変わりないよ。それはそうと横におられる麗人、早く紹介してくれよ!」
「ははははは~!お前相変わらず目敏いな~!紹介するよ、この方が我がゴルフスクール優等生の阿部さんです」
「まあ、そんな……」

 まりあははにかみながら挨拶をした。

「はじめまして、阿部まりあと申します。全然優等生なんかじゃないですよ。今日はよろしくお願いします」
「望月です。こちらこそよろしくお願いします。車本とは昔から悪友でしてね。でもいいヤツでしょう?」
「おいおい、悪友ってどう言う意味だよ」
「望月がいつもお世話になっております。家内の伸子です。どうぞよろしく。私もどんな悪友だったのか聞いてみたいですわ。ねえ、阿部さん、そう思いませんか?」
「ええ、私もお聞きしたいですわ」
「ところで車本、ぶっちゃけ聞くけど、この麗人の阿部まりあさんはお前の彼女か?」

 望月は何の脈絡もなく突然二人の関係を尋ねてきた。
 これには伸子が驚いて、

「まあ、あなた、そんな失礼なことを!」

 伸子は望月の代わりに車本たちに詫びた。

「いやいや、別に構いませんよ。でも残念ながら僕たちはそんな関係じゃないんですよ。阿部さんはご結婚されています」
「ありゃ?そうだったのか。とんだことを言って失礼しました。でも車本と雰囲気がピッタリだったもので」
「もう、あなたったら~まだ言ってる!」
「でもそういっていただけて嬉しいですわ」

 まりあの口元から品のある微笑みがこぼれた。

 ◇ ◇ ◇

 周部留戸ゴルフ場には、起伏のある健脚コースと平坦で広い初心者向きコースがあった。
 まりあとしては当然平坦コースの方が良かったのだが、あいにくその日は起伏のある健脚コースしか取れなかった。
 しかし今日はコーチである車本がいることもあって、むしろ『難コースこそ上達のチャンス』と考えることもできた。
 ところがいざスタートしてみると、フェアウェイが狭いこともあって早速OBを出してしまった。

「阿部さん、がっかりしちゃだめですよ。ゴルフはね、とてもメンタルなスポーツだから気持ちが沈んでしまうとどうしようもなくなるんです。腐らないで粘り強くプレイすることが秘訣なんです」

 車本は日頃レッスンにおける技術論とは異なる精神論まで説いてくれた。
 まりあはそんな車本をとても心強く思えた。

 ティーショットがOBだったため、1打罰で3打目として再度ティーショットを放ったまりあであったが、この日はよほど運がないのかセカンドショットもフェアウェイから逸れてしまい、ボールは木立の繁るラフゾーンへ飛び込んでしまった。
 ところがラフゾーンを探してもなかなかボールが見つからない。

「どこに飛んだのかしら……確かこの辺りだったと思うんだけど……」

 フェアウェイはよく芝が手入れされているが、ラフは結構雑草が伸びている。
 落下した辺りを覗き込み懸命に探すがやっぱり見つからない。
 最悪ロストボールのルールに従えばよいのだが、何とか見つけたい。
 そうは言ってもボール探しに時間が掛かると仲間に迷惑が掛かる。

 その日、まりあのゴルフウェアは下が白のプリーツスカートで少し短めだった。
 屈むと奥まで見えてしまうことをつい忘れてしまっていた。
 周囲に誰もいないという意識もあって、スカートへの注意力が少々散漫になっていた。
 ボール探しに夢中のまりあは前屈みになっていたために、スカートの中が完全に見えてしまっていた。

「困ったわ……」

 突然まりあの耳に車本の声が飛び込んできた。

「ボール見つからないの?」

(あっ…)

 まりあは慌てて態勢を戻し、振り返りざまスカートのプリーツを手で直した。

(しまった…もしかして先生に見られちゃったかも……)

 偶然車本は見てしまったのだが、何も見なかった振りをしてまりあに声を掛けた。

「僕もいっしょに探しますよ」
「あ、すみません……」

 まりあは車本に軽く会釈をした。
 車本はまりあとは異なる場所で探し始めた。
 まもなく大きな木立の附近から車本の声がした。

「阿部さん、ありましたよ!」
「まあ、そんなところに?どうもありがとうございます!」

 まりあは車本に礼を述べて駆け寄った。

「先生、お陰で助かりましたわ」
「いいえ。それはそうと阿部さんはどこにいても僕のことを先生って呼ぶんですね」
「え?でも……」
「先生って呼ぶのはレッスンの時だけでいいですよ。それ以外はぜ~んぶ車本でオーケーですからね」
「はい、分かりました、車本さん……」
「そうそう、その調子」
「あは」

 まりあは車本のそんな気さくなところがとても嬉しかった。
 コーチと生徒という関係を離れて気取らずに名前を呼び合うこともそうだったが、それ以上にまりあを喜ばせたのは『それ以外ぜ~んぶ』と言った車本の一言だった。
『それ以外全部』と言うことは、レッスン以外を意味する。
 つまり、車本の潜在意識の中に『まりあとはコーチと生徒という関係を超えて付き合っていきたい』と言う気持ちが自然に滲み出た言葉であった。
 いや、まりあがいささか意識過剰になっているのかも知れない。
 甘美でちょっぴり危険な誘惑を期待している自分が何だか恥ずかしく思えて、まりあは顔を赤く染めた。


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