第1話 休日訪問

 惠といいます。大学を卒業して生保レディの道に進み3年が経ちます。
 生保レディは一見生命保険会社の社員のように思われていますが、実のところ正社員としての雇用はしていません。
 つまりそれぞれ独立した個人事業主という立場なんです。
 例えるならフランチャイズのコンビニオーナーに近いといえるでしょうか。
 しかし私たちには正社員と同様に、毎日の出勤義務もあれば営業ノルマもあります。
 給料は『固定給+成果報酬』ですが、固定給部分は数万円と低く、保険の契約がとれなければ、生計をたてることさえ難しいのです。
 中には夜スナックなどのアルバイトをしている人もいます。
 だけど、まれには成績優秀で年収数千万円という人もいるんです。
 でもそんな人はほんの一握りで、多くの生保レディは月々10から20万円くらいだと思います。
 要はがんばり次第で夢のような生活を送ることもできるんです。もちろん運もありますが。

 私の仕事を簡単に説明しますと、生命保険の新規加入や保険の見直しをしてくれるお客さまを勧誘し、保険契約をすることです。
 一口に保険の勧誘といっても多くの知識が必要で、保険の専門用語を覚えることから始まり、保険の種類、保険の必要性など生命保険の基礎を学び、契約者の立場になってどういう人が保険に入る必要があるのかを説明しなければなりません。
 お客さまのライフステージを考え、年齢に応じた各種の保険の加入を勧めることがポイントなんです。

 生保レディはいつも多忙です。
 お客さまの都合に合わせて、早朝から訪問活動を行い、昼休みは顧客企業のオフィス内でチラシやお菓子を配り、夜遅い時間のアポイントにも対応したりと労働時間も不規則です。
 ノルマに追われ、お客さまのアポを取りやすい休日に営業活動を行うことも結構あります。

 そんな私に、先々週信じられないような、とんでもないことが起こったんです。
 いつも顧客訪問している会社の社員で村外 翔一(むらはずれ しょういち)という27歳になる男性がいるのですが、こつこつと勧誘してきた苦労が実り、その村外さんからやっとのことで「保険に入ってもいい」という返事をもらったんです。
 会社は総合商社で村外さんはいつも忙しそうで、遅くまで残業の日が多いようです。

(困ったなあ……これじゃなかなか契約手続きができないなあ……)

 私の困った顔をみて村外さんは、

「悪いけど今度の休みに家に来てくれる?」 

 と自分から言ってきました。
 村外さんは独身で一人暮らしなので、それはちょっとまずいと思い、思案していると……

「大丈夫、婚約者の彼女もいっしょに聞くから。彼女にも説明してあげて」

 と言いました。
 私は考え過ぎたことを恥ずかしく思いながら休日の訪問を承諾しました。

◇◇◇

 そして約束の日曜日がやってきました。
 休日であっても仕事なので黒のスーツに身を包み背筋を伸ばして出ていきました。
 でもその日は運悪く朝からシトシトと雨が降っていたので、新しい黒のパンプスを履いたことを後悔しました。
 JRと私鉄を乗り継いで村外さん宅に向かいました。
 今月は契約が思うように伸びていなかったので内心嬉しくて、つい足取りが軽くなりました。
 駅を降りて傘をひろげ10分ほど歩くと14階建てのマンションが見えてきました。
 時計を見ると約束の5分前です。

(ちょうどいい時間に着いたわ……)

 マンションはオートロックになっていました。
 エントランスインターホンで906号室を呼び出しました。

(ピンポーン)

「おはようございます。万福生命の中小路惠です」
「ああ、中小路さん?ごくろうさま」

 オートロックが解除され静かに共用玄関のドアが開きました。
 エレベーターで9階に行き、片廊下を進み906号室に向かいました。
 906号室の前で少し雨に濡れた肩を手で払いながら、インターホンを鳴らしました。

「どうぞ、ドア開いてます……」

 村外さんの声が聞こえました。


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