日曜日、僕は先輩の招待で新居に遊びに行った。
先輩は新婚だ。
新婚2か月。
先輩の奥さんのししさんがコーヒーを出してくれた。
ししさんは藍色の浴衣という純和風な出で立ちだ。
着物姿というのは傍で見てるだけでもドキドキするものだ。
先輩やししさんとの談笑の最中、僕は無様にも何かの弾みでコーヒーを零してしまった。
ししさんがすぐに雑巾を取りに台所に走って行った。
「雑巾、ありがとうございました」
僕は台所にいるししさんに雑巾を返しに行った。
「あっ、ごめんね」
ししさんが包丁の手を止めた。
手料理を作っているらしい。
「今日も雨になっちゃいましたね」
僕は一言話しかけた。
ししさんがこちらを向いた。
「洗濯できなくて困るわ」
ししさんの視線の先に洗濯機がある。
その横にシーツが畳んである。
「シーツですか?」
僕は言った。
「そう。梅雨が明けたら、太陽の紫外線でシーツがさっぱりするでしょ?」
「明日はたぶん晴れるでしょうね」
僕は言ったが、実は天気予報は明日も雨だ。
「晴れてくれないと困るわ。一組は乾かないし、替えがなくなっちゃったし……」
「替え……ですか?」
僕は遠目にシーツを見た。
確かに二組くらいありそうだ。
一組は皺がひどく寄っている。
もう一組は、洗濯する必要もないようにきれいだ。
アイロンをしっかり掛けてあるようにも思えた。
なぜ洗濯するのだろう?
「車山クンは独身?」
いつの間にか、ししさんはまな板の方を向いていた。
「ええ」
僕は後ろからまな板の上を見ていた。
トントンと包丁の手が動いている。
「結婚したらシーツをたくさん買った方がいいわよ」
包丁のリズムが早くなった。
そんなものかと思いながら、僕は先輩のいる居間に歩もうと振り向いた。
後ろからししさんの声が聞こえた。
「バスタオルちゃんと引いておけば良かったわ。いくら大丈夫だからって……。今日はどうかな? でもあれもいいのよね。 あっ、もう雨降ってる」
ししさんはテンポ良く何かを刻みながら口にした。
独り言だ。
とても楽しそう。
ししさんの頭の中では、たぶん僕はもういないことになっているのだ。
僕は聞かない振りをして、そっと先輩のいる居間の方に歩き出した。
完