第12話「ケンジとアキコ」
『おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていないためかかりません』
「あ~あ、ずっとこれだよ。何度かけても掛からないよ。どうしたのかなあ、静~」
先程から静のことが気掛かりで、友人のアキコが度々自宅と携帯に電話をかけている。
しかし自宅は留守電メッセージが流れているし、携帯はずっと繋がらない。
「静、どうしたんだろう? おかしいなあ。どこか寄り道してるのかなあ。でも、静の場合、時々電源をオフにしている時があるからなあ。こういう時は困るんだよなあ。よくオフにする子は。全くもう」
アキコは連絡が取れなくなった静のことが気がかりで仕方がなかった。
気にしはじめると他のことが手につかない。
静から事前に相談を受けた時から、どこか引っ掛かっるものがある。
上手過ぎる話には落とし穴があるという。
「静、まさか騙されたんじゃ……でもねえ、あの子、あれで結構しっかり者なんだよねえ。う~ん……」
アキコは独り言をつぶやきながら携帯をドレッサーテーブルに置いた。
「あら、大変! 早く支度しないとデートに遅れちゃう」
鏡を覗き込んで慌しくラスティングアイライナーを動かす。
「女は目元が大事。すっきりくっきり。あ、そんなこと言ってる場合じゃないわ。急がなくっちゃ。ワッセ、ワッセ、ワッセ」
◇◇◇
「そういう訳なのよ。だから静のことが心配で」
「う~ん、取り越し苦労だと思うよ。今頃家に帰ってるんじゃないかな? もう一度電話してみたら?」
「うん、してみるわ」
「でさ~、もし無事帰ってたら」
「うん? その場合は?」
「アキコと今からラブホにゴー!」
「やだぁ~。ケンジったらエッチ~」
「ギャハハ! そんなの今更言われなくても~」
「で、やっぱり静と連絡とれない場合は?」
「うん、その場合はアキコといっしょに静の行方をを調べるよ」
「マジで!? わぁ~い、警察官がいっしょだとアキコ大舟に乗った気分~!」
「おいおい! 声が大きいよ! 周りに聞こえるじゃないか! シ~、小さな声でぇ」
「あはは、ごめん、ごめん。じゃあ、電話してみるね」
アキコは店内だとまずいので、カフェレストランを出て外で電話を掛けることにした。
ケンジはその間、煙草ルームで煙草をくゆらしている。
彼は名前を長谷部ケンジといい、藍知県警捜査二課に所属している。
すでに大きな事件をいくつか解決しており、この世界ではちょっと名の通った男といえる。
持ち前の行動力と俊腕を買われ、32才の若さで早々に警部に抜擢されたほどである。
またその端正なマスクと人当たりの良さから、女性警官を含む女性たちから人気があり、アキコの心配の種は尽きなかった。
「静、やっぱり帰ってないみたい……」
「そうか。んじゃ、今からタクシー飛ばすか!?」
「うん、お願い!」
「よし」
二人は夕食も食べかけにして、すぐにタクシーに乗り込み静の暮らすマンションへと向かった。
「あぁ、ケンジ、せっかく来たけど、マンションの入口にオートロックが掛かってるみたい」
「最近セキュリティの充実したマンションが多いからな。よし、管理人に連絡しよう」
「あ、そういう方法があったね」
幸い共用玄関の壁面に管理人に連絡が可能なインターホン付き操作盤があった。
管理人はこのマンションに住んでいるようだ。
「もしもし。夜分すみません」
「はい」
「あの~、私は長谷部という者ですが」
「はい」
「ここにお住まいの広小路静さんに用があって来たんですけど」
「お宅様はどちらの方ですか? 一般の方は建物内に入れませんが」
アキコがインターホンに向かって話しかけた。
「すみません。静さんの親友なんですが、彼女の代理で部屋に入らせてもらいたいのですが」
「それはできません」
「ケンジ、だめだって」
アキコの眉が曇った。
「愛想のない管理人だなあ。よし、オレに任せておきな」
「うん、頼むよ」
「夜分すみません。県警本部捜査二課の長谷部と言いますが、こちらの居住者の広小路静さんのことで、こちらにまいりました。開けていただけませんか?」
ケンジは慇懃な態度で用件を伝え、バッジホルダー式の警察手帳を掲げた。
こちらから管理人の顔は見えないが、管理人からは監視カメラでこちらが見えているはずだ。
「えっ? 警察の方ですか? 分かりました。直ぐに開けます」
カチッと音がしてオートロックの玄関扉が解錠された。
ケンジたちはエントランスホールに入るとすぐにエレベーターに飛び乗る。
七階で下りると静が住む部屋へと急いだ。
「この部屋だわ」
アキコはドアを激しくノックした。
「静! いるの~? アキコだよ~」
返事がない。
「静~。心配で来たんだけど開けてくれる!?」
(ワンワンワン!)
犬の鳴き声が聞こえてきた。
「あ、シドだ。ってことは静は短時間で帰るつもりで出て行ったんだわ」
「遠出をするなら、犬を連れて行くか、ペットホテルに預けるはずだよなあ」