第14話「予期せぬ来訪者」
「だめぇ……」
スカートの上から手をあてがい、一平の指の進入を拒もうとするもえもえ。
だけど本気で拒んだ訳ではなかった。
心の中はすでに決心していたが、拒む姿勢を示すほうが一平に対しのちのち優位となるからだ。
もえもえのかすかな計算が脳裏を駆け巡っていた。
だけど眠っていた本能の泉に石を投げ込まれ、すでに波紋は広がりをみせていた。
一旦広がってしまった波紋を鎮めることができるのは一平だけだ。
一平にすべてを任せよう。
もえもえがそう意を決し、一平がもえもえのショーツを膝まで下ろしかけたとき、予期せぬことが起こった。
コンコン……
突然窓ガラスを叩く音がした。
二人は驚きながら音のする方向に目をやった。
紺色の制服を着た男性が窓の外から覗いているではないか。
しかも怖い顔をして話しかけているようだが、窓が閉まっているせいで声が聞こえない。
もえもえは急いでスカートを直し平静を装ってみせた。
一平は仕方なくパワーウィンドウのスイッチを押した。
ゆっくりと窓が下りていく。
制服の男性の顔がはっきりとうかがえた。
レストランの警備員のようだ。
「困るんだよ。ここで変なことしてもらっては」
「あ、すみません……」
一平が頭を下げた。
「ここがレストランの駐車場だって分かってるんでしょう?」
「ええ、分かってます……」
「他のお客さんだっているんだからさ」
「はい、すみません」
「もうしないでね」
「はい、分かりました。すみません」
一平はペコペコと頭を下げた。
もし警察に通報されたら、レストラン駐車場でのカーセックスが『不特定多数の人の視界に入ってしまう場所での性行為』に該当するため、公然わいせつ罪で現行犯逮捕されてしまうおそれがあるのだ。
ところがもえもえは警備員との視線を避けるように窓の外を見つめていた。
一平が懸命に謝罪したことで事なきを得ることができた。
「うん、じゃあ今後気をつけてね」
「はい、すみませんでした……」
「それじゃあ」
まもなく注意をし終えた警備員はもえもえたちの前から遠ざかっていった。
「ふう、驚いたよ。まさか警備員が来るなんて」
「でも駐車場であんなことをした私たちがいけなかったのよ」
「そりゃそうだけど……。なあ、もえもえ、今からオレの家に来ないか?」
「えっ? 一平さんの家に……? 無理ですよ、もうこんな時間ですし……」
もえもえは腕時計を見てそうつぶやいた。
さすがに強引な一平もいささかの遠慮はあるようで、それ以上執拗に誘おうとはしなかった。
だが一平には『いい場面』まで持ち込んだのに、中断を余儀なくされたことへのもどかしさが残っていた。
それはもえもえとしても同様であった。
断りつつも結局、男女の深い淵の直前まで来てしまった。
だけど思いもよらない事態が起こり中断されてしまった。
大切な場所を濡らされながら、中途半端に放り出され疼く身体をなだめられない苛立ち。
しかし、色事というものには一つの流れがある。
激しい高ぶりを見せていても、突然水を浴びせられると一気に意気消沈してしまうことがある。
今の二人はまさにこの状態であった。
「そうだなあ。もうこんな時間だし今日は帰るとするか。でも、また会ってくれるよな?」
一平は燃えたぎるもえもえへの欲望を果たせなかった口惜しさを覗かせながらポツリとささやく。
助手席のもえもえは一平を見つめ静かにうなずいた。
やがて暗い夜空にエンジン音が鳴り響き、クルマは国道沿いのレストランから消え去った。
◇◇◇
午後11時30分、もえもえは家の近くまでクルマで送ってもらい帰宅した。
「あぁ……一平さんととうとうあんなことまでしちゃったぁ……」
部屋に入ったもえもえは早速携帯を確認する。
メールはなかったが電話が数本かかっていた。
すべて俊介からである。
しかし留守電は入っていない。
「電話をしなきゃならないんだけど……でも……」
俊介に電話をする気になれなかった。
自分の中にどこか後ろめたさがあるからだ。
一度は携帯で電話をしようとしたもえもえであったが結局かけなかった。
電話をかけずにそっと携帯をテーブルに置いた。
椅子に腰をかけ携帯を見つめる。
そして心の中でそっとつぶやいた。
(俊介……ごめんね……)
じんわりと込み上げて来る罪悪感に苛まれながらも、もえもえは幾度となく携帯を手にとった。
携帯を眺めてぼーっとしていると、突然、持っていた携帯に着信メロディーが流れた。
(あ……一平からだ……)
もえもえは電話に出た。
「もえもえ、今日はありがとう。とてもも楽しかったよ~」
「私こそ……ありがとうございました」
「ん? どうしたの? 何か元気がないようだけど」
「そんなことないですよ」
「それならいいんだけど。あちこち連れ回したから疲れたのかもしれないな」
「だいじょうぶです……」
「それに……あんなこと……しちゃったし……」
「……うん……」
いつもと比べてどうもノリが悪い、と一平は感じた。
電話では元々口数の少ないタイプではあるが、それにしてもどこか沈んでいるように思えてならない。
(オレとデートをして本当に楽しかったのだろうか……?)
一平は不安に陥った。
「もえもえ? もしかしたらオレがあんなことしたから怒ってる?」