もえもえ 発火点

Shyrock作



第18話「突然の外出」

 その発想は実に大人げがなく幼稚なものだった。

「気分転換だ、僕も誰かに電話をしよう。誰がいいかな? 岩本は今日仕事に奔走してて無理だろうし……あっ、そうだ。亜理紗はどうしてるだろう。長い間声も聴いてないし」

 俊介にとって亜理紗は、性別を超えた親友といえる。
 世間ではよく男女間においては『恋愛関係より親友になる方が難しい』と語られているが、俊介にとってはどこ吹く風と聞き流していた。
 そんな亜理紗に電話をかけてみた。

 亜理紗はもえもえと同世代だがもえもえよりも付合いは古い。
 付合いと言ってもあくまでバーチャル世界でのガールフレンドであり、現実社会では一度お茶をしただけの清い関係であった。

「亜理紗、久しぶりだね。元気にやってる?」
「わっ! びっくりした~! 元気だよ、俊介も元気?」

 持ち前の明るい声が返ってきた。
 いつもながら元気溌溂としている。
 テンポのよい会話が続いたが、俊介としてはもえもえから電話がかかってこないか気が気ではない。
 そんな浮ついた気持ちで亜理紗と会話を続けるのは、亜理紗に対して失礼ではないか。
 俊介は亜理紗に「友人から電話が入るので」と体よく言葉を濁し電話を切ることにした。

 もえもえへの電話がようやくつながった。
 安堵と腹立たしさの入り混じった感情をこらえながら、もえもえを待った。
 電話の向こうから声がした。

「はい」
「やっと出てくれた……」

 俊介の不機嫌さが声に滲み出ている。

「ごめん。ちょっと友達から相談を受けていたもので……」
「そうだったんだ。それにしても午後1時から延々2時間と長い電話だったね」
「さっき、私も俊介に電話をしたけど話し中だったよ」
「え? してくれてたの? それは悪かったね。電話があまりに長いから仕方なく友達に電話してたんだ」
「ふ~ん、そうなの……」
「誰と話をしてたの?」
「友達だよ」
「友達って……女の子?」
「そうだよ」
「ほんと?」
「本当だよ」
「そうなんだ」

 その時、もえもえは何か急いているようで、俊介の言葉を遮るように言った。

「あのぅ……ごめん。私、今から出掛けないといけないの。だからまた後で……」
「え? 出掛けるって……どこへ行くの? 昨日も家族旅行だったし、今日はゆっくりするって言ってたじゃない?」
「友達が会社を辞めるかどうかでかなり悩んでいるの。それで話を聞いてあげないといけないの」
「ふうん、そうなの。昨日ももえもえと話せなかったし、今日こそはゆっくりと話せると思っていたのに残念だよ。来週の旅行のことも話したかったし」
「ごめん、時間がないの」
「むっ、もういいよ! 好きなようにすればいいよ!」

 プチッ!

 元々温厚で滅多に怒りを表に出さない俊介であるが、この時ばかりは相当感情的になっていたようで、電話を一方的に切ってしまった。
 俊介からすれば、朝から一度も彼氏に電話を掛けずに、見知らぬ誰かと延々と電話をし、やっと電話がつながったと思ったら、今度は「直ぐに出掛けなければならないので時間がない」というもえもえのそっけなく不誠実な態度が許せなかったのだった。

(確かに友達は大切なものだ。友達が人生の岐路に立ち困っているなら相談に乗ってやるのはよいことだ。だからと言って彼氏に対してあまりにもに冷たすぎやしないか……。ん? もしかしたら、もえもえは友達と言ってるけど、相手は男性ではないのか……? どうも様子が不自然だ。思い過ごしであればいいのだが……。どこか僕を避けているように感じるのはなぜ? どうして急に……?)

 俊介はもえもえのいつもとは違う不自然でかつにべもない態度に、最近感じ始めていた不安と疑念がさらに大きく膨らもうとしていた。

 俊介が一方的に電話を切ったのは午後3時頃であった。
 その後もえもえから電話はなかった。

◇◇◇

 やがて陽が沈み、午後6時になっていた。
 遠距離にいる俊介とすれば待つしか方法が残されていなかった。
 待つ身にとって、時間とはとても長く感じられるものだ。

(2時間以上電話で話し、さらにその相手とわざわざ会い相談にのってやっているというが、果たしてそんなに長時間かかるものだろうか……その友達が決断力に乏しい相手であったなら結論に時間がかかるのかもしれない。しかし、もしも、あの電話が女友達でなかったら……いやいや、そんなことを考えてはいけない。もえもえをもっと信じてやらなければ
……。きっと無二の親友が困り果てているのを見るに見かねて心優しき彼女は一肌脱ごうとしているんだ。そうに違いない、きっと……)

 俊介はそう自分に言い聞かせようとした。
 もえもえを信じたいから。




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