Simpson 作

『Twin's Story 2 "Bitter Chocolate Time"』

《1 故障》

 「ケ、ケン兄!イって、イって!」マユミが息を荒げて叫んだ。
 ケンジとマユミは同じように身体を激しく波打たせ、クライマックスを迎えようとしていた。
 「マ、マユっ!あああ、俺、も、もう・・・」ケンジはマユミを抱いた腕に力を込めた。そしてマユミの柔らかな胸に顔を埋め、呻いた。「で、出る!出るっ!」
 びゅるるっ!びゅくっ!びゅく、びゅく、びゅく・・・びく・・・・・びくん・・・・・・。
 二人の動きが止まった。マユミは愛しい兄の体液が自分の中に放出されるのを満ち足りた気分で味わった。上になったケンジは、妹を抱きしめたまま、はあはあとまだ大きく喘いでいた。
 やがて、二人は身体を横たえ、ケンジは優しくマユミの髪を撫でた。
 「ケン兄、今日は激しかった・・・・。」
 「そうかな。イヤだったか?」
 「ううん。あたしも燃えた。」
 「そうか。よかった。」ケンジはマユミにキスをした。
 「何かあったの?」
 ケンジは少し考えてから言った。
 「マユには隠さずに何でも言うことにする。」
 「隠すようなこと?」
 「いや、お前の気分を害するようなことかもしれない、ってとこかな。」
 「言って。大丈夫。」
 「実は今日アヤカにコクられた。」
 「アヤカって、ケン兄の水泳部のマネージャーだよね。」
 「そう。あいつだ。」
 「すっごい美人だよね、アヤカさんって。それにスタイルも良くてセクシーだし。」
 「何が言いたいんだ?マユ。」
 「で?OKしたの?」
 「するわけないだろ!」
 「何で?だってアヤカさん、男子部員の憧れなんでしょ?あたしの学校の水泳部の男子も狙ってたよ、何人も。」
 「お前、俺がアヤカとつき合ってもいいのかよ。」
 「いや。」
 「だろ?だったらあれこれ突っ込まないでくれ。」ケンジは少し赤くなった。
 「ケン兄なら大丈夫だね。」マユミはケンジの逞しい胸に頬を寄せて目を閉じた。まだ収まりきれないケンジの鼓動を聞きながら、彼女は自分の身体の火照りがゆっくりと冷めていくのを待った。

 ケンジの学校の水泳部マネージャーの中でもひときわ目を引く存在がアヤカだった。そのルックスもさることながら、丈が短く小さなタンクトップの脇から見える形のいい乳房、裾からちらりとのぞくへそ、ぴったりと腰に張り付いた真っ赤なショートパンツ。男子部員の志気を昂揚させるには十分すぎる格好で、いつも練習の時に動き回っていた。頭も切れ、スケジュール管理も部員の健康管理も他のマネージャー陣の追随を許さなかった。
 「アヤカ抱きてー!」
 「お前にゃ無理だよ。高嶺の花ってやつさ。」
 「高校生離れしてるよな、あいつのオーラ。」
 「内緒だけどな、俺、あいつの写真持ってるぞ。」
 「なにっ?!」
 「時々それでヌいてる。」
 「スケベ野郎め!」
 そういう男子部員の会話が時々こそこそと繰り広げられる水泳部だった。
 「そう言えば最近、アヤカってケンジに異様に絡んでないか?」
 「俺もそう思う。モーションかけてるんかね?」
 「だけどケンジ、全然そんな気なさそうだけど。」
 「誰かとつき合ってんのか?あいつ。」
 「そんな話も聞かないけどな。」
 「学校では女っ気ないよな、ケンジ。」
 「何人もの女子から狙われてるのに、よくまああそこまでストイックに振る舞えるもんだぜ。」
 「ひょっとして、対象が、男?」
 「も、もしそうだったら、俺たちヤツの餌食だぜ。」
 「やめろよ、そんな想像。」
 「ジョークだよ、ジョーク。」

 「もう春の大会直前だが、海棠、お前どうしたんだ?」プールから上がったばかりのケンジに近づいてきたのは、水泳部の若いコーチだった。
 「すいません。」
 「何かあったのか?」
 「いえ、フォームを少し変えてみたんです。」
 「見てた。」コーチは腕を組んで言った。「うまくいけば記録は伸びるかもしれん。が、お前にそれが合ってるかどうかってのは、ある意味賭けだ。」
 「ですよね。」
 「それに、」コーチの声が真剣味を増した。「下手をすると筋肉を痛める。」
 「え?」
 「お前の腕の筋肉の付き方で、あのフォームには少し無理がある。」
 「そうですか・・・。」
 「向上心は認めるが、故障したらアウトだぞ。」
 「・・・・・・。」
 「大会直前だ。考え直せ。」
 「・・・・・。」しばらくうつむいていたケンジは、顔を上げてコーチの目をまっすぐに見ながら言った。「明日までに答えを出します。」

 風呂上がりに腕をさすりながら階段を上ってくるケンジを見つけて、マユミは部屋の前で彼を呼び止めた。
 「ケン兄、腕、どうかしたの?」
 「ん?いや、最近泳ぎ方を変えたんだ。筋肉の張り方が今までとは違う。」
 「え?だって春の大会明後日じゃん。直前になってそんなことしない方がいいんじゃない?」
 「記録、伸ばしたいし。」ケンジは言葉少なにぽつりとつぶやいた。
 「マッサージしてあげようか?」
 「え?い、いいよ、マユ。」
 「何赤くなってんの?」
 「マ、マッサージしてもらったら、そのままなだれ込みそうだよ。」
 「いいじゃん、なだれ込んでも。それに、」マユミは続けた。「あたし、明日の晩は学校の合宿所に泊まるから・・・。」
 「そうか、マユ、明日は帰ってこないのか・・・・。」
 「そんな悲しい顔しないで。一晩だよ、たったの。」
 「長いな、一晩・・・・。」

 「ほんとにぱんぱんだね。ケン兄の腕がこんなに硬くなってるのって初めてじゃない?」マユミは自分の部屋にケンジを招き入れ、彼の腕を両手で揉みほぐしながら言った。
 「お前もそう思う?やっぱり俺にはだめなのかな、あのフォーム・・・。」
 「ケン兄に合ってないんじゃない?」
 「コーチにも同じこと言われた。」
 「無理しないで。」
 「ここんとこタイムが伸びてないから、俺、ちょっと焦ってた。明日、もう一回やってみて、だめだったら諦めるよ。」
 「それがいいよ。」マユミはそう言ってケンジの身体に腕を回し、キスを求めた。ケンジもマユミの背中に腕を回し、唇同士を合わせた。お互いの舌や唇を味わいながら、二人はマユミのベッドに移動し、着衣を脱ぎ去った。
 「きて、ケン兄・・・。」
 「マユ・・・。」
 ケンジはマユミの頬を両手で優しく包み込んで、再び時間をかけて彼女の唇を味わった後、首筋、鎖骨、乳房へと舌を移動させた。「あ、あああ・・・。ケン兄・・・。」ケンジの口がマユミの乳首を捉えると、彼女の身体がびくん、と反応した。ケンジは右手をマユミの秘部にあてがい、指でクリトリスをそっと撫でた。「あ、ああああ、身体が熱く、熱くなってる・・・。」ケンジの指がマユミの谷間に入り込む頃には、すでにマユミの中はじっとりと潤い、ケンジを受け入れる準備を整えていた。
 「ケン兄・・・・。」マユミの手がケンジの分身を求めてさまよった。「マユ・・・・。」ケンジが再びマユミの唇を自らの口でふさぐと、恍惚の表情でケンジの唇を味わいながらマユミはその手でケンジのペニスを自分の谷間に導いた。
 「入れていい?マユ・・・。」ケンジがマユミの耳元で囁いた。
 「いいよ、ケン兄、来て。」
 ケンジはゆっくりとマユミの中に入っていった。「う、うううう・・・・。」
 「あ、あああ、い、いい気持ち、ケン兄、ケン兄・・・。」
 ゆっくりと腰を動かし始めたケンジに合わせ、マユミもその柔らかな体を波打たせ始めた。そして次第にその動きは速く、激しくなっていった。
 「う・・・・くっ!」ケンジが喉から絞り出すような呻き声を上げた。
 「イ、イって、ケン兄、あたしイきそう!」
 「マ、マユ、マユっ!」ケンジの動きがいっそう激しくなった。「も、もうすぐっ!」
 「ケン兄!あ、あたし、イっちゃうっ!」マユミの身体がのけぞった。「イっちゃうっ!」
 「お、俺もイくっ!、マユ、マユっ!」
 びゅるっ!びゅくっ!びゅく、びゅく、びゅく・・。「あああああ・・・・・!」マユミが叫ぶ。びゅくん、びゅくん、びくっ、びくっ!「うううううっ!」ケンジも呻く。
 どくん、どくん、どく、どくどくどく・・・・・・。

 明くる朝、ケンジが起きて食卓についた時には、マユミはすでに出かけた後だった。ケンジは心に隙間が空いたような気がした。
 「マユ、今夜は合宿所だよね。」
 「そうよ。」母親が言った。「あの高校は、春の大会直前は合宿所にみんな泊まることになってるからね。」
 「何で大会前なんだよ。」ケンジは独り言のようにつぶやいた。
 「何?あんたに何か不都合でもあんの?」
 「べ、別に。」

 その日の部活の時間、スタート台のケンジにアヤカが話しかけてきた。「海棠くん、調子はどう?」
 「え?ああ、別に普通だけど。」
 「フォーム変えて、うまくいきそう?」
 「知ってたのか。」
 「マネージャーだよ、私。それに海棠くんのことを私、一番気にしてるんだからね。」アヤカの手がケンジの太股に触れた。それが故意だったのか、偶然だったのかはケンジには確認することができなかった。
 「よーい!」ピッ。笛の音とともに、ケンジはスタート台から身を翻してプールに飛び込んだ。水中でのバサロの推進力はケンジのウリだった。スタート後の数秒で、誰よりも早く前に出ることができた。ケンジは直感で今日の調子がいいことを悟った。最初のプルで水が身体の横をすり抜ける感触がいつもと違っていた。いつもよりスピードがアップしていることを実感した。昨夜のマユミのマッサージのお陰かも、と思った時、左の二の腕に妙な違和感を感じた。しかし、どうしても新しいフォームを体得したくて、ケンジはさらに大きくリカバリーをした。しかし、次の瞬間、左腕全体に激痛が走った。「うっ!」あまりの痛みに、ケンジはその場に立ちすくみ、水の中に身を屈めて、左腕を押さえた。
 「おい!ケンジの様子がおかしいぞ!」誰かが叫んだ。
 「引き上げろ!」コーチも叫ぶ。「海棠くん!」アヤカの声も聞こえた。

 プールに併設されたジムのレザー張りベッドに横になったケンジは、悔しさと腕の痛みに歯を食いしばっていた。額に大量の脂汗をかいている。
 「大丈夫か、海棠。」コーチがベッドの横に立って言った。
 「す、すいません、コーチ・・・ううっ!」また腕に激痛が走った。
 「無理するなって、言っただろ。」
 「・・・・・・。」
 「しばらく休んでろ。すぐに医務の先生が来るから。」
 「あ、ありがとうございます・・・。」
 「家庭に連絡してやる。今、家には誰かいるか?」
 「い、いえ、俺、自分で連絡します。だ、大丈夫です。足と右手は普通なんで。」ケンジはあわててそう言った。コーチは少し肩をすくめた。
 「そうか、じゃあお前が連絡しろ。早めにな。」
 「はい。」

 簡単な診察が済んで、ケンジの左腕にシップ薬を貼り付けながら医務担当の女性職員は言った。「それほどひどい怪我じゃないけど、痛みはしばらく残るかもね。」
 「あ、あの、大会は・・・。」
 「明日なんでしょ?その状態で出場する気?」
 「無理・・・ですよね・・・・。」
 「痛みだけじゃ済まなくなるわよ。」
 ケンジはうつむいてため息をついた。
 「しばらくは、あまり動かさないようにするのよ。」
 「わかりました。」
 「痛みが引くまで少し横になってなさい。痛みが引かないようなら、一度病院で看てもらった方がいいかも。じゃあお大事に。」
 医務員はそこを出ていった。
 一人、ベッドに残ったケンジは、マユミを想った。自分がフォームを変えてまで記録にこだわったのは、一つはマユミに自分の成長を見てもらいたかったからだ。それを思うと自分が情けなくて、自然と涙が溢れてきた。その時、ジムのドアが開き、誰かが入ってきた。
 「海棠くん、大丈夫?」アヤカだった。
 「え?ああ。」ケンジはあわてて涙を右手で拭った。
 「気を落とさないで。みんながあなたの分までがんばってくれるよ。」
 「すまない、俺のわがままのせいで、大会に傷をつくっちゃって・・・。」
 「今はゆっくり怪我を治すことだけ考えて。」
 アヤカは毛布越しにケンジの胸にそっと手を置いた。
 「そうそう、これ、栄養ドリンク。飲んで。」
 「え?」
 「体力、落とさないようにしないといけないでしょ。」
 「ありがとう。」
 そう言えばかなり喉が渇いていた。起き上がると、アヤカが差し出したボトルをケンジはすんなり右手で受け取り、喉を鳴らしてごくごくと飲んだ。
 「横になりなよ。」アヤカはボトルをケンジから受け取ると、彼の背中に手を添えて、再び横になるのを手助けした。
 「すまない、アヤカ。」ケンジはゆっくりと横たわった。
 「ねえ、海棠くん。」アヤカが少し恥ずかしそうに口を開いた。
 「何だ?」
 「この前の返事・・・訊きたいんだけど。」
 「え?」ケンジは戸惑ったように表情をこわばらせた。
 「私のこと・・・・。」
 ケンジは思わずアヤカから目をそらした。
 「アヤカ、すまない。俺、おまえとはつき合えそうにないよ。」
 「・・・・それって、海棠くんには好きな人がいる、ってこと?それとも、もうつき合ってる・・・・とか。」
 「い、いや、つき合ってる人がいる、ってわけじゃ・・・ないけど。」ケンジは言葉を濁した。
 「じゃあ、好きな人がいるんだ。」アヤカはうつむいた。
 「ごめん・・・。」
 「わかった。ごめんね、こんな時に変なこと聞いちゃって。」
 「いや・・・・。」
 ケンジの頭がぼんやりとしてきた。横に立つアヤカの姿がなぜかぼやけて揺れ動き始めた。「何だか、今になって疲れが出てきたみたいだ。」ケンジは強い眠気を感じ始めた。。
 「いいよ。ゆっくり休んで。」アヤカの言葉を聞きながら、ケンジはそのままうとうとと眠り始めた。


《2 拘束》

 ケンジが目を覚ました時、身体に掛けられていたはずの毛布がなくなっていることに気づいた。プールから直接運び込まれたケンジは、練習用の小さな競泳用の水着を穿いているだけだった。そればかりか、自分がそのベッドに太いベルトで拘束されていることにも気づいた。「えっ?!」足首、太股、そして胸が固定されている。腕さえ動かせないほどきつく締め付けられていた。
 目を開けると、すぐ近くにアヤカの顔が迫っていた。今の異常な状況をケンジはすぐには把握できなかった。
 「海棠くん。」潤んだ目でケンジを見つめていたアヤカは、その唇をそっとケンジのそれに重ねてきた。ケンジは思わず顔を背けた。「な、何のつもりだ!アヤカ。」
 「私、あなたをモノにしたいのよ。海棠くん。」そして、ためらうことなくアヤカは着ていたモノを全て脱ぎ去り、ケンジの前で全裸になった。「あなただけが、私になびかないなんて信じられない。他のオトコが私を抱きたくてたまらない顔をしてるっていうのに。」
 そう吐き捨てるように言うと、アヤカはケンジの胸に跨がり、手で頭を押さえ、無理矢理自分の顔に向けた。「そうよ。女子のみんなが抱かれたいって思っているあなたが、私に興味を示さないなんて、許せないの。」
 「な、何を勝手なこと言ってるんだ。どけ!俺から降りろ!」
 バシッ!
 アヤカの平手がケンジの頬を直撃した。「降りない。降りないから!」そしてアヤカは甘ったるい声を作って続けた。「こんないいオンナ、抱きたくないの?気持ちよくなりたくないの?海棠くん。」
 「お前なんか、抱きたくもない!お前のハダカ見たって興奮しもしないし!」
 「へえ、そうなんだ。じゃ、試してみよっかな。」アヤカは一旦ケンジの身体を離れ、彼の穿いていた小さく食い込んだ水着に手をかけた。「こんなに小さな水着・・・はみ出しそうだよ。いやらしいよね。挑発してるとしか思えない・・・。」アヤカは自分のバッグの中から小さなナイフを取り出した。
 「な!何をするっ!」ケンジは身の危険を感じて少し怯えたように言った。
 「大丈夫よ。私、殺人のリスクは犯さない。それより私といいコトしよ。」アヤカはそう言ってナイフでケンジの穿いていた水着の両脇を切り離した。ケンジのペニスが解放され、次第にその大きさを増してきたのをアヤカは見逃さなかった。
 「やっぱり興奮してんじゃん。オトコってホントに単純。」
 「・・・・・・・・。」ケンジは言葉もなく、唇を噛みしめてその屈辱に耐えた。
 「そうそう、ご家族に今日は遅くなる、って知らせとかなくちゃね。」アヤカはそう言っていつの間にか持ち込んでいたケンジのバッグをあさり始めた。「あったあった。」アヤカはケンジのケータイを取り出し、ディスプレイを開いた。
 「な、何をする気だ!」
 「メールするんだよ。えーっと、ご家族のアドレスは、っと。」アヤカはしばらくキーを押し続けた。「あ、マユミでいいか。海棠くんの妹、かわいいマネージャーさん。」
 「や、やめろ!マユを巻き込むな!」
 「『マユ』って呼んでるんだー。いいなー兄妹って。」アヤカはキーを押し終わり、ディスプレイをたたんだ。「それに、単に遅くなるってメールしただけ。巻き込んでなんかいないじゃん。」アヤカは笑った。

 合宿中のマユミは、夕食の片付けを終えて、学校の離れにある安普請の合宿所の自分の部屋に帰ってきたところだった。
 「あれ?ケン兄からメール。」
 マユミはケータイを開けた。『今日は遅くなる。友だちの家に泊まるから心配しないで。』
 「え?」マユミは胸騒ぎを覚えた。「友だちの家に?泊まる?どういうこと?」
 「マユミー、お風呂入ろ。」部屋の外で仲の良いもう一人のマネージャーの声がした。
 「う、うん。すぐ行く。」
 どうしてケンジは帰りが遅くなることを自分に伝えたのだろう。しかも大会前に友だちの家に泊まったりしたことなど、今までに一度もなかったはずだ。マユミはケンジからのメールに、何か強い違和感を感じた。

 「私とエッチしたいでしょ?ケ・ン・ジ・くん。」
 「俺の名前を気安く呼ぶな!むかつく。」
 「これを機に、仲良くなろうよ。セックスフレンドでもいいから。」
 「断る!死んでもいやだ!」
 「死んでも?そうかー。じゃあ、死ぬ目に遭わせてあげよっかな。」アヤカは再びケンジの身体に跨がり、自分の身体をケンジに重ねた。彼女はケンジの頭を押さえながら、自分の乳房を顔に押しつけた。「んん・・・・。」口を塞がれたケンジが呻いた。彼のペニスはさらに大きさを増した。
 「降りろ!俺から離れろ!」
 「その威勢、いつまで続くかなあ・・・。」
 アヤカは身体を起こし、ケンジの顔に直接跨がった。愛液に溢れたその谷間をケンジの顔に押しつけ、体重をかけて彼の口と鼻を塞いだ。
 「ん、んんんっ!」ケンジは呼吸ができずに呻いた。
 アヤカはしばらくそのままの格好でケンジの呼吸の自由を奪った。
 おもむろにアヤカは腰を上げた。はあはあはあはあ・・・。ケンジの肺は酸素を求めて激しく喘いだ。
 「どう?これこそ死ぬ思い。」ふふっと不敵な笑いを片頬に浮かべて、アヤカは再びケンジの顔に跨がった。
 「んんっ!んんんんーっ!」
 そしてしばらくしてまた彼女は腰を上げた。ケンジは肩で大きく息をした。「少しぐらい舐めてくれてもいいのにな。」ケンジの口の周りは、アヤカから溢れ出る愛液でぬるぬるにされていた。
 「さすがに命の危険を感じれば、エッチどころじゃなくなるんだ。でも私だって、死体とエッチするシュミはないから。」アヤカはケンジのペニスが萎縮しているのを見て言った。「私ね、」言葉を切って、アヤカは少しだけ悲しい顔をしたあと続けた。「私、ケンジくんとエッチするのが夢だった・・・・。」
 アヤカはケンジの身体から離れ、床に降りた。そして彼のペニスに両手を添えて静かにさすり始めた。ケンジのペニスはまただんだんと大きさを増し始めた。アヤカは静かにそれを口に咥えた。
 「うっ!」ケンジの身体に快感が走り抜けた。
 「私とエッチしよ。」十分に口でケンジの興奮を高めたアヤカは、またケンジの身体に跨がった。そしてペニスを手で自分の谷間に導き、彼に考える暇も与えずにそれを自分の中に一気に入り込ませた。「あ、あああ・・・。」アヤカは喘いだ。
 「う、ううっ!」ケンジは固く目をつぶり、その刺激に耐えようとした。アヤカは腰を上下に動かし始めた。強烈な快感がケンジの身体をぐんぐん熱くしていった。
 「ケンジくん、私の中で、中でイって、」
 ケンジの気持ちは、アヤカをずっと拒絶していたが、湧き上がる興奮に耐えることはできなかった。
 「う、ううううう・・・あああっ・・・。」ケンジの脳裏にマユミの笑顔が、彼女の白い身体が、愛らしい茂みが、愛しい唇が次々と現れては消えた。いつしかケンジの目には涙が滲んでいた。「マ、マ・・・・ユ・・・・。」ケンジは小さく呻いていた。
 「イく!私、イく、イっちゃうっ!」アヤカの腰の動きがことさら激しさを増した。
 「う、うああああ・・・・」ケンジはついに急激に高まった性的興奮の波に呑まれた。「で、出る!出るっ!」
 「出して!出して!私の中に、あああああ!」アヤカも叫ぶ。
 びゅるるっ!びゅるっ、びゅるっ!びゅくっ、びゅくっ、びゅくびゅくびゅく・・・・。
 ケンジは長く続いた激しい射精が収まると、これまでにない脱力感に見舞われた。左腕がまたずきずきと痛んだ。

 アヤカはケンジに跨がったまま、自分のケータイを取り出した。そして自分の背後からケンジの顔が写るように構えてカメラのシャッターを何度か押した。
 パシャ、パシャ・・・・。
 「ア、アヤカ!止めろ!」
 「ふふ・・・これで証拠ができた。」
 「どうしてそんなことを!」
 ばしっ!アヤカは両手をケンジの胸に乱暴についてケンジの顔をのぞき込みながら言った。「私があなたをモノにできたら、お金がもらえることになってるの。」
 「な、何だって?!」
 「友だちと賭けしたんだ。」
 「・・・・・・・!」
 「これで私の勝ち。一万円ゲット。」アヤカはケンジから身体を離した。彼女の秘部からケンジの精液が太股を伝って幾筋も流れ落ちた。「いっぱい出したね。気持ち良かった?ケンジくん。」
 「くっ!」ケンジの屈辱感が増した。
 「そうそう、ビデオにも撮ったから。」
 「な、何だって?!」
 「始めから終わりまで。全部。」アヤカはそう言いながら、ジムの棚の隅に置かれていたビデオカメラを手に取った。
 「お、お前っ!」ケンジは怒りに震え、叫んだ。
 アヤカは自分の服を着始めた。「このこと、誰にも言っちゃだめだよ。もしばらしたら、私もさっきの写真ばらまいたりビデオをネットで公開したりするから。」タンクトップを着終わったところで、彼女は手を止め、続けた。「それに、また私あなたに抱かれたいな。抱いてくれるよね?拒否権なしだから。写真やビデオがあるから拒否できないはずだよね。」
 元の着衣姿に戻ったアヤカは、荷物をまとめてジムのドアに手をかけ、立ち止まって振り向いた。「じゃあね、海棠くん。私、放置プレイも好きなんだ。」
 そして彼女は出て行った。

 外はもう暗くなっていた。天井の灯りが白く、冷たく彼の拘束された身体を照らし続けていた。ケンジは絶望していた。何よりマユミに対する不義の気持ちが一番大きかった。悔しくて、悲しくて、ケンジは声を殺して泣いた。左腕がしびれきって、もはや感覚をなくしていた。
 ケンジのケータイが突然鳴りだした。もちろん出ることができない。数十秒後に着メロは鳴り止んだ。
 「マユからかもしれないな・・・・・。」
 それから間もなく、ケンジの耳にかすかな足音が聞こえてきた。そしてそれは次第にこちらに近づいてきた。ケンジは、もちろんこの状況から早く解放されたかったが、今の恥ずかしい姿を誰かに見られるのも本意ではなかった。しかしそんな心配をよそに足音はジムのドアの前で止まり、ドアが静かに開けられた。
 「誰かいてますかー。」
 その声!
 「ケニー!」ケンジは大声を出した。それは昨夏ケンジの家にホームステイしてカナダに帰国したはずの親友ケネス・シンプソンだった。
 ケネスは室内の状況を一目見て、蹴飛ばされたように走り込み、ケンジの拘束されているベッドに駆け寄った。「ケンジ!」
 ケネスはケンジの拘束ベルトを外しながら早口でまくし立てた。「ど、どないしたんや、いったい、何があった!」
 拘束を解かれたケンジは、ベッドに座り直した。口の周りと腹はぬるぬるになっていた。穿いていた水着は切り取られ、ペニスも陰毛もぐっしょりと濡れていた。
 「ど、どうしてお前がここに?ケニー。」
 「わい、日本に住むことになってん。親父が突然日本に移住する、言うて昨日来たばかりや。」
 「そうか。」
 「そんなことより、この状況はなんやねん。」
 「アヤカだ。アヤカにやられた。」
 「な、何やて?あのマネージャーのアヤカか?」
 ケンジはケネスにさっきまでのおぞましい出来事を話して聞かせた。
 「ケンジ、とにかく服を着るんや。ほんでな、すぐにマユミはんに電話し。」
 「え?なんでマユに?」戸惑うケンジにケネスは強い口調で言った。「マユミはんはお前からのメールを読んで、絶対に不安になってるはずや。早よ電話し。」
 「で、でも、なんて説明すれば・・・・。」
 「詳しゅう話す必要はあれへん。さっきのメールは自分が送ったんやない、事情は会って話すから、とにかく安心するんや、言うて。」
 その時、ケンジのケータイの着メロが再び鳴り始めた。ケンジは慌ててケータイを手に取ると、ディスプレイを開けた。「マ、マユからだ!」
 「早う、出てやり!」

 マユミはもう一度ケンジに電話をしてみた。今はとにかくケンジの肉声がリアルタイムで聞きたかった。
 電話が繋がった。マユミが口を開く前にケンジが電話の向こうで叫んだ。『マユっ!』
 「ケ、ケン兄!」マユミの目に涙が滲んだ。
 『マユ、聞いてくれ、さっきのメールは俺が打ったんじゃない。』
 「え?」
 『と、とにかく、会ったら全部話すから、安心してくれ。』
 「ケ、ケン兄、いったい、」
 『電話では話しにくい。俺を信じて。』
 「う、うん。わかった。信じる。」
 『マユ、俺のマユ。大好きだ。』
 「うん。わかってる。」
 電話が切られた。マユミは静かに目を閉じ、ほっとため息をついて最愛の兄の名をつぶやいた。「ケン兄・・・。」

 「ケンジ、わい、アヤカを今から誘惑する。」ケネスが決心したように言った。
 「な、何?!」
 「ほんで落とし前つけたる。」
 「ど、どうして誘惑することが落とし前つけることに繋がるんだよ。」
 「ええから、わいに任せとき。お前はすぐに家に帰るんや。ご両親を心配させんようにな。」
 「ケニー・・・。」
 「早い方がええ。ほな、行ってくる。今夜はケンジんちに泊まってもええか?」
 「もちろんだ。」


《3 報復》

 ケネスはプールの建物を飛び出した。そしてケンジに聞いた道順をたどり、アヤカのマンションを突き止めた。
 「ここやな・・・・。」ケネスは灯りのついた二階の窓を見上げてつぶやいた。
 アヤカはワンルームマンションに一人暮らしだった。ケネスは玄関のインターホンを鳴らした。すぐに女性の声がした。「はい。」
 ケネスは努めて明るく声を張り上げた。「アヤカはんでっか?わい、ケネスです。」
 「ケニー?」アヤカの声が跳ね上がった。
 「あ、あの、わい、この度日本に住むことになりましてな、ごあいさつに上がりましてんけど、お邪魔してもよろしか?」
 「もちろん。どうぞ。」
 ブザー音が鳴って、入り口の観音開きの大きなガラスのドアの鍵が自動で開けられた。ガチャリ。ケネスは入ってすぐのエレベータに乗り、二階で降りた。
 「202号室。ここや。」
 ケネスがノックする前にドアが開けられた。「ケニー!」
 「久しぶりでんな、アヤカはん。お元気でっか?」
 「入って、ケニー。」
 部屋に通されたケネスはできるだけアヤカに悟られないように部屋の中を観察した。ベッドがある。ノートパソコンが置かれた小さな白いテーブルがある。その横にテレビがある。アヤカがいつも部活に持ってきていたバッグはテーブルの下に置いてあった。その横に別の小さなバッグ。「(ビデオカメラはあの中やな・・・・。)」ケネスは思った。「(まだ開けてないっちゅうことは、ビデオはそのまま・・・。パソコンもまだ開いてへんし。)」
 「驚いちゃった。ケニー。いきなり来るなんて。でもよくここがわかったね。」
 「へえ、なんちゅうか、その・・・・。」ケネスはわざと言葉を濁した。「ア、アヤカはんに会いとうて、わい・・・・。」
 「私も会いたかった。」アヤカは、ケネスに近づき、手を取った。
 「え?あ、あの・・・・。」ケネスは戸惑って見せた。
 「会いたかったって、どうして?ケニー。」
 その後の展開をケネスは悟った。「(よっしゃ!うまくいきそうやな。)」ケネスは心の中でガッツポーズをした。しかし、決して自分からアヤカに手を出さなかった。彼はジーンズのポケットに手を入れて、何かを触り、すぐに手を抜いた。
 「ねえ、ケニー、私を抱いて。」
 「え?そ、そんな、アヤカはん、わい・・・・・」ケネスは赤くなって見せた。
 「そのつもりでここに来たんでしょ?」
 「・・・・・・・・。」
 アヤカはケネスをベッドに押し倒した。「あっ!」ケネスは小さく叫んだ。そしてアヤカはケネスの口を自分の口で塞いだ。「んんんん・・・。」ケネスは呻いた。
 「萌える。男の人が何かされて感じる姿、私大好きなの。」
 アヤカは着衣を脱ぎ始めた。「ねえ、ケニーも脱いでよ。」
 「は、はい・・・。」ケネスは戸惑いながらもジーンズとシャツを脱いだ。ジーンズは丸めてベッドの脇に置いた。
 「嬉しい、もうこんなになってる。」アヤカはケネスの股間がビキニの下着の中で大きく膨らんでいるのを見て歓声を上げた。
 アヤカはすでに全裸になっていた。彼女はケネスの股間を下着越しにさすり始めた。「ううっ・・・・。」ケネスは小さく呻いた。
 「こんなに大きいの、初めて。」アヤカはうっとりとした目でケネスの股間を見つめた。
 「ア、アヤカはん、」ケネスが首を起こして言った。
 「何?」
 「わい、あんさんにお土産買うてきたんやけど・・・。」
 「後にしてよ。雰囲気が台無しじゃん。」
 ケネスは構わず起き上がり、自分の荷物から小さなチョコレートの箱を取り出した。「実はな、このチョコ、媚薬でんねん。」
 「媚薬?」
 「はい。性感アップの成分が入ってまんねん。カナダでは『夜のチョコレート』呼ばれてまんねんで。」
 「ほんとに?」アヤカの目が輝いた。
 「食べるなら、このタイミングがよろしで。」
 「食べる。ケニーもいっしょに食べよ。」
 「あいにくオトコには効果なしなんや。女性専用。全部アヤカはんにあげるわ。」
 アヤカはケネスの手からそのチョコレートをひったくるように取り上げると、包装紙を破った。「これだけ?」箱の中には金色に着色されたアルミで個別包装されたチョコレートが二つ入っていた。
 「二つとも食べるんやで、でもそれだけで十分や。」
 「いただく。」アヤカはそのチョコレートを立て続けに二個とも口に放り込んだ。「苦っ!」アヤカが小さく叫んだ。
 「媚薬の成分は苦いもんやで。」アヤカが顔をしかめてそれを飲み下したことを確認したケネスは、気づかれないような笑みを浮かべた。
 「何だか、カラダが熱くなってきた。」アヤカは一気にケネスのビキニを脱がせると、髪をかき上げてためらうことなくケネス自身を咥え込んだ。「うっ!」ケネスは身体を硬直させた。
 「ふふ・・・、反応いいのね、ケニー。」
 「ア、アヤカはん・・・・・。」
 アヤカは時間をかけてケネスのペニスを舐め上げていった。ケネスの股間はアヤカの唾液と自らが漏らした液でぐっしょりと濡れそぼっていた。
 「ああ・・・私も濡れてきた。ケニー、入れて。」
 ケネスは固く目を閉じた。
 「こんなに大きいのが中に入ってくるなんて、わくわくする。」アヤカはケネスに馬乗りになり、彼の怒張したペニスの上に跨がった。そしてそれを自分の谷間にあてがったかと思うと、一気に腰を落として自分の中に押し込んだ。
 「うあっ!」ケネスは思わず大声を出した。「(な、なんちゅう乱暴さや。根っからのSなんやな、このアヤカっちゅう女は・・・。)」
 「あああん・・・。」アヤカはケネスの上でもだえ始めた。そして腰を激しく動かし始めた。「ケニー、ああ、ケニー、いい、大きくて気持ちいい!」
 「アヤカはん!」
 「私、もうイきそう!ああああ・・・。」
 「う、うううううっ!」ケネスも呻き始めた。
 「イって!イってケニー、ああああ、ケニー!」
 「出る、出るっ!」
 びゅくっ!びゅくっ!びゅくっ!「ああああ、私の中に、出てる!あああああ・・・。」
 びゅるっ!びゅるっ!びゅくびゅく・・・・。

 アヤカは前に倒れ込み、ケネスと胸を合わせた。肩で大きく息をしながらアヤカは言った。「すごい、あのチョコのお陰で、私、いつになく燃えた。」
 「お役に立てて何よりや。」ケネスはアヤカのカラダを抱えて横向きにした。そしてペニスを抜き去った。
 「ああん、抜かないで。」アヤカが甘ったるい声を出した。「もう一回やろうよ。」
 「少し時間をもらえまっか?すぐに復活しますよってに。」
 「まだカラダが熱いんだ。私、あまり待てないからね。」アヤカの目がとろんとしてきた。
 「わかってまんがな。」
 ケネスがベッドから降りて立ち上がった時、アヤカは寝息を立て始めた。
 「効いてきたみたいやな、チョコのほんまの成分が。」
 ケネスはベッドの横に丸めたジーンズを取り上げ、ポケットから小さなボイスレコーダーを取り出して、スイッチを切った。「動かぬ証拠や。」
 それからケネスは手際よくアヤカのパソコンを起動し、テーブルの下にあったビデオカメラからSDカードを抜き取り、パソコンに挿した。そしてジムで撮られた映像を持ってきたUSBメモリに転送した。「次は、」ケネスはアヤカのバッグからケータイを取り出し、ディスプレイを開いてデータを確認した。ケンジとのセックスの写真は3枚あった。それを自分のケータイ宛てに転送してから、データを3枚とも消去した。元通りにアヤカのケータイをバッグにしまうと、再びパソコンに向かい、自分のUSBメモリを抜き、デスクトップのゴミ箱を空にした。「さて、仕上げや。」そしてケネスはビデオカメラにSDカードを戻し、フォーマットを済ませると電源を切った。

 ケネスは海棠家の玄関のチャイムを押した。程なくケンジの母親がドアを開けた。
 「おばんです。」
 「ケニーくん!お久しぶり。上がってちょうだい。」
 「お母はんもお変わりなく。相変わらずべっぴんさんでんな。お邪魔します。」
 ケネスは母親に促され、靴を脱いで二階に向かった。そしてケンジの部屋のドアをノックした。
 「ケンジ、わいや。」
 中からすぐに声がした。「入れよ、ケニー。」
 ドアを開けてケネスは中に入った。ケンジは上半身裸で左腕に大きなシップ薬を貼っているところだった。両腕と胸を横切る太いベルトのアザが痛々しかった。
 「ひどいもんやな・・・。」
 「なに、数日もすれば消えるよ。心配ない。」
 「うまくいったで、ケンジ。アヤカんとこの写真も映像も全部もろてきたったで。元のデータは全部消去したった。」
 「そうか、世話になったな、ケニー・・。」ケンジが神妙な顔で言った。
 「あいつめっちゃやな性格やねんな。去年の夏、お前んとこの部活中は、よう気がつくええ子や、思てたんやけど、とんでもない裏の顔持ってたんやな。」
 「俺、悔しくて、情けなくて、叫び出したいぐらいだ。」ケンジは拳を震わせた。
 「無理もないわ。」
 「でも、一番はマユへの申し訳なさ・・・・。」
 「ケンジ・・・・。」
 「マユ以外の女を抱いてしまうなんて・・・・・。自分が許せない!」
 「ケンジ、お前の気持ちはわかるけどな、あれは抱いたんとちゃう、アヤカの一人エッチの道具になっただけや。マユミはんかて解ってくれるはずや。」
 「で、でも、あいつの中に、俺、いっぱい出しちまった・・・。」
 「単なる『反射』やないか、射精なんて。刺激されれば反射が起こる。それだけのことや。お前にアヤカへの愛情があの時ちょっとでもあったか?」
 「あるわけがない!あるのは怒りだけだ。」
 「そやろ?それで十分やんか。それにその身体についたアザ。出るとこ出たらな、アヤカの撮った写真証拠にお前が監禁、拘束された被害者やってこと証明したるわ。これは立派な犯罪やで。」
 「い、いいよケニー。」ケンジは赤面した。「あ、あんな場面の写真、人に見せられるもんか。」
 「その気持ちもわかる。」ケネスは笑った。「ほな、あの後の話、したるわ。わいがアヤカんちに行ってからのこと。」
 「聞かせてくれ。」ケンジはTシャツを着ながら促した。

 「っちゅうわけや。」
 「ううむ・・・・。」ケンジは腕を組んでその話をずっと聞いていたが、ケネスが話し終わると顔を上げてその親友の目を見つめた。「お前には、どれだけ感謝してもしきれないぐらいだ。本当にありがとう。」
 「かめへんて。それにわい、アヤカに舐められたり中に射精したりして気持ちようなったから、それほどいやな役割とも言えんもんがあるからな。」
 「しかし、お前都合良く睡眠薬入りのチョコなんか持ってたもんだな。」
 「親父が開発した安眠チョコや。」
 「親父?そう言えばお前の父ちゃんって、何者なんだ?」
 「言うてなかった?わいの親父ショコラティエやねん。」
 「何だと?!初耳だ。」
 「日本で修行して、カナダでデビューして、資金も十分稼いだ言うて、今回日本に店開くことにしたんや。四月オープン予定なんやで。」ケネスは自分のバッグを開けて中をあさり始めた。「まだまだあるで、」そうしてカーペットの上に小さなチョコレートの箱を並べ始めた。「これはミント入りの『爽快チョコ』、こっちはカカオ成分多めのリッチな風味の『リッチチョコ』、これは唐辛子エキス入りの『目覚ましチョコ』・・・。」
 ケンジはそれを見聞きしながらつぶやいた。「ケニー、そのチョコのネーミング、何とかならんか?今ひとつの感じがするんだが・・・。」
 「わいの親父、センスないねん。おかんはそれに輪かけてセンスないねん。そしてその息子のわいにも到底期待できへん。」
 「じゃあ、どうするんだよ。」
 「困っとる。」
 その時、階下で玄関の開く音が聞こえた。そしてどたどたと階段を昇ってくる足音。ノックもせずにケンジの部屋のドアが勢いよく開けられた。「ケン兄!」
 「マ、マユっ!」ケンジは驚いて立ち上がった。マユミはケンジに駆け寄り、両腕を広げて兄の身体を抱きしめた。「ケン兄!ケン兄!会いたかった!」
 「いて、いててて・・・・。」
 マユミはとっさに腕を離し、思い切り心配そうな顔で言った。「ど、どうしたの?」
 「マユミはん、わいがここにいること、気づいとるか?」ケネスがぼそっと言った。
 「あれっ?!ケニーくん!」
 ずるっ!「今頃かいな・・・・。」

 ケンジとケネスの話を聞いているうちに、マユミの目には涙が宿った。「ケン兄・・・・。そんなひどい目に遭ってたなんて・・・・。あたし、知らなかった。」
 シャツを脱いで上半身を露わにしたケンジはうつむいていた。マユミは胸のアザにそっと触れた。「ひどい・・・・。ケン兄、ごめんね、ごめんね・・・・。」
 「な、なんでマユが謝るんだよ。お、俺の方がお前に謝らなきゃいけないのに・・・。」
 「ケン兄左腕を痛めてまで、あたしのことを想ってくれていたんだね。」
 「で、でも、マユ、」
 マユミは涙を拭って顔を上げた。ケンジは元通りシャツを身につけた。
 「お、俺、アヤカとセ、セックスしてしまった。お前を抱く権利は、俺にはもう・・・・。」
 マユミはいきなりケンジの身体を強く抱きしめた。「くっ!」ケンジは胸と腕に走った痛みをこらえて、マユミの身体を抱き返した。
 ケンジの胸に顔を埋めたまま、マユミは言った。「なんでそんなこと言うかな!いやだ!ケン兄に抱いてもらえないなんて、あたし絶対いやだ!いやだからね!」
 マユミの髪を撫でながらケンジは言った。「ごめん。ごめんな、マユ。もう言わない。」
 「あたしのことも、信じてよ。ケン兄電話で『信じろ』って言ったじゃん。」
 「・・・・わかった。信じる。信じるよマユ・・・・。」
 マユミはそのまま小さく呟いた。「アヤカ・・・・・許せない・・・・。」

 「二人とも聞いてくれへんか。」ケネスが切り出した。「あいつの行動はだいたい想像がつく。わいに考えがあるんや。」
 ケンジとマユミは並んで座ってケネスの計画に耳を傾けた。
 「おそらく、明日の試合で、アヤカはケンジにまたモーションをかけてくる。写真とビデオをネタにお前をゆするはずや。」
 「でも、ケニー、お前がデータは全部消してしまったんだろ?それでも俺に言い寄るかな。」
 「安眠チョコの威力を甘く見たらあかんで。約12時間は目が覚めへん。起きたら大会に遅刻する時刻のはずや。データを確認する暇なんてあれへん。」
 「そ、それはもはやチョコではなく、薬物の範疇・・・・。」 
 「アヤカに言い寄られたらな、ケンジは何食わぬ顔で対応し。よし、練習や。」
 ケネスはケンジの手を取った。「『海棠くん、また私を抱いてくれるでしょ?』」
 「断る。」
 「『そんなこと言えるのかな?あの写真、みんなにばらまいてもいいの?』」
 「ばらまけるもんならばらまら・・・ばら・・・まいてみろよ。」
 「舌、もつれてるで。」
 「『ばらまいてみろよ。』」
 「よし、その調子や。」
 「ケニー、お前はどう振る舞う?」
 「もしアヤカがわいのことを疑うてなければ、わいにもモーションかけてくる可能性もあるな。」
 「そうだな・・・・・。微妙な所だな。」
 「で、どうするの?ケニーくん。」
 「もし、アヤカがわいに言い寄ってきたら、わいが本当のこと言うたるわ。最終的にはな。」ケネスはため息をついた。「あんさんがやってることは犯罪まがいのことや、っちゅうことをわいが言うて聞かしたる。あいつも人間なら、自分の行為を反省して、考え方を変えなあかん、思うはずや。」
 「ケニー、」
 「1パーセントの希望がアヤカを救うかもしれへん。」


《4 改心》

 腕の故障で大会に出ることができないケンジは、競技の間、プールサイドで仲間の泳ぎをずっと見ていた。左腕には大げさに包帯が巻かれ、首から吊られていた。ケネスのアイデアだった。すぐ近くにアヤカはいて、ストップウォッチと記録用紙を片手にまめに働いていた。マユミは自分のチームのメンバーといっしょに行動しながら、時折ケンジやアヤカの動きに目をやった。
 午前の競技が終わり、昼休みに入ったところで、ケネスの推測通り、アヤカが動き出した。ケンジがプールの入り口から出て自分の学校の控え場所まで一人で移動していた時、背後からアヤカが彼を呼び止めた。
 「海棠くん。」
 ケンジは何食わぬ顔で振り向いた。「なんだ、アヤカ。」
 「話があるんだ。付き合って。」
 ケンジはアヤカの背後にかなりの距離を置いてついてきていたケネスに目配せをした。ケネスは小さく頷いた。
 アヤカはケンジを人気のない更衣室に連れ込んだ。
 「なんだ?話って。」
 「昨日は興奮した?初めてだったんでしょ?ああいう体験。」
 「何の話だ?」
 「自分に正直になれば?ケンジくん。また私にされたいんじゃない?」
 「ごめんだね。」
 「私はまたしたいな。」アヤカは不敵な笑みを浮かべた。「あなたには断る権利はないから。」
 「どうして?」
 「あれ?いいのかな?昨日の写真とかビデオとか、公開しちゃうよ。」
 ケネスの筋書き通りにコトが進んでいた。
 「好きにしろよ。俺は別に構わない。お前の言いなりになんかならないし、お前を抱こうとも思わない。」
 更衣室のドアに隠れていたケネスはガッツポーズを決めた。「(思った通り、あいつはデータがなくなっていることに気づいてへんな。)」
 「へえ。そうなんだ。」
 「話ってそれだけか?じゃあ、俺忙しいから。」ケンジが出口に向かって足を踏み出そうとした時だった。
 「そう言えば、昨日私とエッチしてる時、ケンジくん、『マユ』ってつぶやかなかった?」
 ケンジの心臓が一瞬止まりそうになった。「え?」
 「確かに言った。マユって妹のマユミのこと、だよね?」
 「・・・・・・。」
 ケネスも凍り付き、青ざめた。
 「エッチの時に名前を呼ぶなんて、普通じゃないよね。ケンジくん、マユミとはどういう関係?」
 「そ、それは・・・・。」
 「まさか、」アヤカはケンジに近づき、下から見上げるようにしてケンジの顔をしげしげとのぞき込んだ。
 ケンジはゆっくりと口を開いた。「これだけは隠しておきたかったんだけど、そこまで勘ぐられたんじゃ、話すしかないか。」
 ケネスは歯ぎしりをして拳を握りしめた。
 「俺、たぶんシスコンなんだ。」
 「シスコン?」
 「そう。妹のことが可愛くて、愛しくてたまらない。」
 「へえ、そうなんだ。」アヤカは腕を組み、にやにやしながら聞き返した。「それで?」
 「だから、あいつがケニーと幸せになって欲しいと思ってる。」
 「(へ?)」ケネスの頭上にクエスチョンマークが飛び出した。
 「妹は俺の親友ケニーと付き合ってる。もちろんすでに深い仲だ。だからあいつを幸せにできるケニーが日本に定住することになって、俺は心から喜んでるんだ。」
 「でもどうしてエッチの時にマユミの名前をつぶやくわけ?」
 「ケニーとあいつが愛し合っているところを、俺は見てしまったんだ。そのことが、その光景が頭から離れない。強烈に記憶に残ってる。」
 「ふうん。」
 「その時は俺も自然と身体が熱くなって、もう少しで漏らすところだった。でも相手がケニーでなければ飛びかかって引き離していただろう。その時のことを思い出したのさ。」
 「なんだ。あんまりおもしろくない。」アヤカは期待外れの顔をしてため息をついた。
 「もういいだろ。」ケンジは再びその部屋を出て行こうとした。「待って。」アヤカが呼び止めた。ケンジはドアのところで立ち止まった。すぐそばの壁にケネスがアヤカからは見えないように張りついている。
 「私、そのケニーともエッチしたんだ。知ってるよね。」アヤカの声が低くなった。
 ケンジは黙っていた。
 「私、きっと病気なんだ。」
 「病気?」
 「心の病気。誰にも相手にされない寂しさやむなしさが、悔しさや怒りになって攻撃をしたくなる。」
 「いや、お前何人ものオトコに言い寄られてるじゃないか。」
 「みんな私のカラダ目当てだってこと、わかるもん。そんなのいや。」
 「だからって、」
 「そう、だからって、あなたやケニーを無理矢理捕まえてエッチしたって、心の病気が治るわけじゃない。それはわかってる。」
 「アヤカ・・・。」
 「海棠くん・・・・。」アヤカはひどく落ち込んだようにうつむいたまま言った。「私、どうしようもない女だよね。」
 「・・・・。」
 「こんなことしてもあなたが私を好きになってくれるわけないのに・・・・。」
 「・・・・・・・。」
 「私、海棠くんが朝から腕に包帯しているのを見て、ああ、私のせいで怪我がひどくなったんだろうな、って思った。でも、だから何なの?って思ってた。」アヤカは少し笑った。「悪魔みたいだね、私。でも、海棠くんが妹のマユミのことそれほどまでに想っているのに、ケニーと幸せになることを願って、マユミの本当の幸せを祈ってることを知ったら、自分のやったコトが急に恥ずかしくなっちゃって・・・・。」
 「アヤカ・・・・。」
 「もう、何言ってるかわからないよね・・・・。」
 「人の心は自分の思い通りにはならないよ。なかなか。」
 「信じてもらえないかもしれないけど、私、海棠くんのことが、ずっと純粋に好きだったんだよ。海棠くんに抱かれたら、どんなに幸せだろう、ってずっと思ってたんだよ。」アヤカは涙声になっていった。「海棠くんのことを想いながら、一人で濡らして、一人で慰めてた。毎晩のように。」
 ケンジは黙っていた。
 「でも、あなたは私が何を言っても、何をしてもこっちを見てはくれなかった。」
 「残酷なこと言うようだけど、俺、お前を好きにはなれない。」
 「当然だよね。」アヤカは涙を右手で乱暴に拭って言った。「あんなヒドイことしたんだもんね。当然だよ・・・・。」そしてまたうつむいた。「私のやったことは犯罪だよ・・・・。」
 「悪いけど、お前の気持ちはよくわからない。でも、少なくとも憎んではいない。」
 「え?」アヤカは顔を上げた。
 「他の女子に対する気持ちと、あんまり変わらない。」
 「海棠くん・・・・。」
 「俺には、幸運なことに今、思い切り好きな人がいるんだ。だから他の女子を好きになれるわけがない。それだけだ。」
 「私、私・・・・・。」アヤカの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
 ケンジは自分のケータイをバッグから取り出すと、開けてみた。着信履歴を見た後、素早くキーを押してすぐにディスプレイを閉じた。
 「海棠くんの好きな人にメールしたの?」
 「した。後で電話するってね。」
 「昨日のことをその人に話す?」
 「俺は忘れたい。お前も覚えてて欲しくないだろ。たとえ昨夜のことを彼女に話したところで、状況はあまり変わらないよ、たぶん。」
 アヤカは手で涙を拭った。「海棠くんの好きな人って・・・誰?私の知ってる人?」
 ケンジは少し躊躇した後、小さく言った。「ああ。」
 二人の間にしばらくの沈黙があった。
 「・・・幸せだね、その人。こんなに優しい人に愛されて・・・・。」
 「アヤカ・・・・。」
 「それが誰かなんて、私訊かないよ。大丈夫。聞いてしまったら、また何しでかすかわかんないからね。」アヤカは目に涙をためて、ぎこちない笑顔を作った。
 「お互いに忘れてしまおう。な、アヤカ。」
 「私、あなたに抱いてもらって、幸せだった。」アヤカの目に、また涙が溜まり始めた。
 「俺、抱いてないし。」ケンジは少し赤くなった。
 「ううん。私にとっては抱かれたのと同じ。」アヤカは本気で泣き出した。「本当は優しく抱いて欲しかったけど、ああでもしないと私とあなたは繋がれないって思った。」しゃくり上げながらアヤカは続けた。「ごめんね、ごめんね、ごめんね・・・・ケンジくん。」
 ケンジはアヤカに向き直ると、右手を肩にのせた。アヤカは涙目でじっとケンジを見つめた。二人はしばらく見つめ合っていた。ドアの陰からケネスがその様子を固唾を呑んで見守っている。
 「アヤカのことをわかってくれるヤツがきっと現れるよ。」ケンジは手を離した。
 「ありがとう、海棠くん・・・・。」

 「っちゅうわけでな、あんまりおもろい展開やなかってんで。」
 「そうなんだー。」
 ケネスがケンジの部屋でマユミに昼間の様子を話して聞かせていた。
 「マーユもその場にいたらそう思たと思うで。」
 ドアが開いて、ケンジが三つのコーヒーカップとデキャンタの載ったトレイを持って入ってきた。「誰のことだよ、『マーユ』って。」
 「マユミはんのことに決まってるやんか。」
 「そうか、お前もやっと打ち解けて俺たちと話してくれるようになったか。」ケンジは嬉しそうに言った。
 「その代わり、」ケネスはマユミに向き直った。「わいのことも『ケニー』って呼んでくれへん?」
 「え?いいの?」
 「もうええやろ。こうして図々しく部屋に何度もお邪魔してんのやから。」
 「わかった。そうする。」マユミはにっこり笑った。そしてケンジの顔を見て言った。「ケン兄、今日はがんばってくれてありがとう。」
 ケンジはカーペットの上にトレイを置いた。
 「腕、痛くない?ごめんね、あたしがコーヒー淹れてくればよかったね。」
 「大丈夫。もう痛みもほとんどないんだ。少しだけ違和感がある程度。マユもいつも通りに抱ける。」
 「ケン兄のエッチ。」ケネスが言った。マユミがまた笑った。
 「そやけどあの包帯もアヤカには効かなかったっちゅうのは、なかなか悔しい。」
 「いいアイデアだと思ったんだけどな。」
 「アヤカんちで撮ったボイスレコーダーのデータも用無しになってしもた。」
 「ボイスレコーダー?何でそんなもの持ち歩いてんだよ、お前。」
 「語学の練習用やんか。日本語うまくなりたいよってにな。」
 「練習する必要あんのかよ。」
 「で、そのボイスレコーダーのデータって?」マユミが訊いた。
 「わいがアヤカに犯されてる時のアヤカの声が録音されてるんやで。」
 「犯されてる?」マユミは赤くなった。
 「あれはエッチとは言われへん。わいはアヤカのおもちゃやった。」
 「おもちゃねえ・・・・。」ケンジがコーヒーをすすりながら言った。
 「聞いてみるか?二人とも。臨場感たっぷりやで。」
 「え、遠慮する。」マユミが言った。「俺も。」ケンジも即答した。
 「そうか、そら残念や。」
 「何が残念なんだか・・・。」
 「このデータ、アヤカが知らばっくれた時の切り札やったんやけど・・。おお、そうやった。忘れとった。」ケネスはバッグからアソート・チョコレートの箱を取り出した。「親父の特製アソートや。」
 「ケニーのパパがショコラティエだったなんて、すごいよ。」
 「普通のチョコなんだろうな?これ。」ケンジがいぶかしげに訊ねた。
 「催眠剤入りや。マーユを眠らせて、ふっふっふ・・・・・。」
 「じゃあお前が先に食え。ほら、口開けろよ。」
 「そうやってわいを眠らせて、どないする気ぃや?ケン兄のエッチ。」
 「あほかっ!」
 「冗談やって。ここまできてわいがそんなこと企むわけがあれへんやろ。」
 「で、店はいつオープンなんだ?ケニー。」
 「四月に入ったらすぐや。三丁目のど真ん中やで。」
 「へえ!じゃあここから近いな。」
 「そやな。オープンの日、遊びに来たって。待っとるさかい。」
 「行く行く!」マユミが叫んだ。「楽しみだね、ケン兄。」
 「そうだな。」
 マユミがデキャンタからコーヒーをケネスのカップにつぎ足した。「おおきに。」ケネスはそのカップを手にとって言った。「しかし、アヤカが泣き出して、ケンジがヤツの肩に手置いた時には、やばっ!て思ったで。」
 「どうして?」ケンジがチョコを口に運びながら聞いた。
 「そのままキスでもすんのか、思たやんか。」
 「しなかったんだ。」マユミが言った。
 「しないよ。」
 「しなかったんやな、これが。ほんま、ケンジは紳士やと思うたわ。さすがやな。」
 「同情が人のためになったためしがあるか?俺のためにもならないしな。」
 「そらそうやわな。へたするとアヤカの病気が再燃するかも知れへんからな。」
 「でもさ、」マユミだった。「ケン兄のついた苦し紛れの作り話が、結果的にアヤカを改心させたわけでしょ?それってすごくない?」
 「そうなんや。しかしまたとんでもない作り話を考えついたもんや、て思わへん?わいとマーユが深い仲で、愛し合っているところを、見てしまってーの、その光景が頭から離れなくてーの、強烈に記憶に残ってーの。何やの、それ。」ケネスはあきれ顔で言った。
 「半分事実だろ。」
 「どこが事実やねん。」
 「俺とマユの夢の中でお前マユとエッチしたじゃないか。」
 「そのケニーは無理矢理やったんやろ?」
 「でも、あの光景が頭から離れないのは事実だぜ。」
 「早よ忘れてーな。」ケネスは頭を掻いた。
 「さて、そろそろ寝るとするかな。」ケンジは立ち上がった。
 「そうやな。ほたらわいはここで一人で寝るよってに、ケンジとマーユは出てって。」
 「またそんな・・・・。」ケンジがあきれて言った。
 「そのつもりやったんやろ?」
 「ま、まあな。」
 ケンジとケネスは笑った。マユミは少し恥じらったようにケンジの左腕に寄り添った。

 「ああ、ケン兄、ケン兄・・・・。」
 「マユ、マユっ!」
 隣から壁越しにかすかに漏れてくる二人の声とベッドの軋む音を聴きながら、ケネスはぽつりと呟いた。「ああは言ったもんの、これではしばらく眠られへんな・・・・。」


《5 開店》

 「おお!すごい客足!」ケンジが感嘆して言った。
 「ほんとだねー。」マユミも目を丸くした。
 ケネスの父親アルバート・シンプソンのチョコレート専門店『Simpson's Chocolate House』は、いつも賑やかな繁華街の中にあるビルの一階にオープンした。いくつもの花輪が立てられ、軒下には紅白金銀のリボンが揺れている。少し離れた位置からもその甘い香りが容赦なく鼻をくすぐった。
 「ケニーも感心にちゃんと働いてるな。」
 「え?どこどこ?」マユミが背伸びをして人混みの隙間から店の中を覗いた。
 「ほら、レジんとこ。」
 「ほんとだー。」
 ケンジとマユミは人の波に押されながらようやく店内に入った。ケンジははぐれないようにマユミの手をぎゅっと握っている。
 「わあ!もう夢みたい!この香り・・・・。」マユミがうっとりした表情で言った。
 「おお!来てくれたんか、二人とも。待っとったで。」出し抜けに二人の背後から声がした。ケンジもマユミも振り向いた。
 「やあ、ケニー。すごいじゃないか。この人だかり。」
 「お陰さんでな。時間あるか?この後。」
 「え?特に何も用事はないけど。」
 「そやったら、そこのテーブルに掛けて待っててくれへんか。わい、もうちょっとしたら時間できるよってに。」
 「い、いいのか?」
 「今ちょうどテーブル一つ空いたところやねん。」
 ケンジとマユミは促されるまま、窓際に置かれた三つのテーブルのうちの一つに向かい合って座った。
 しばらくして小太りの中年女性が二人のテーブルにやって来た。「お二人がケンジくんとマユミさんやね?」
 その女性はにこにこしながらテーブルにコーヒーのカップを二客置いた。「いっつもケニーがお世話になっとるんやてね?おおきにありがとう。」
 「ケニーのお母さん、ですか?」ケンジが思わず立ち上がり、恐縮したように言った。
 「始めまして。」マユミも立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
 「ありがとうな、開店早々来てもろうて。それに、去年の夏はケニーが三日もご厄介になったんやろ?ホームステイで。えらい迷惑かけしもうて・・・。」
 「とんでもない。ケニーのお陰で俺たち円満です。」
 「へ?どういうこっちゃ?」
 「い、いえ。あの、い、いろいろと気遣ってくれて、お、俺たちも、その・・・。」
 横からマユミが言った。「その時ケニーとはあたしも仲良しになったから、こうして日本に来て下さって、すごく嬉しいです。それにあたし、チョコレート大好物なので・・・。」
 「ほんまに?そらよかった。いっぱい利用してな。」
 「すみません、お忙しい時にお邪魔しちゃって・・・。」
 「かめへんて。しばらくしたらケニーが相手するよってに、もうちょっと待っててな。」
 「ありがとうございます。」
 ケネスの母親がそこを離れた。
 「もう、ケン兄ったら、自分でフォローできなくなるようなこと、言わないの。」
 「悪い・・・・。」
 ケンジは座り直してテーブルに載っていた商品メニューを広げ、テーブルの真ん中に置いた。「いろいろあるもんだな、チョコレート・・・。」
 「どれもおいしそう。」

 ケンジたちのカップが空になった頃、ケネスが二人のところにやってきた。
 「すまんすまん。なかなか手え離せんかったわ。コーヒーのお代わりどうや?」
 「どうする?マユ。」
 「いただこうかな。」
 「はい、喜んで。少々お待ちを。」ケネスは笑いながら一度キッチンに消え、大きなデキャンタを持ってやって来た。「このコーヒーにもほんのちょっとチョコレートの風味がついてんねんで。」
 「へえ!」
 コーヒーを注いでもらいながらマユミが言った。「ありがとう、ケニー。とってもおいしいよ。」
 「そうか、そらよかった。」
 もう一度キッチンに入って、ケネスは自分用のコーヒーと小振りの箱を持って戻ってきた。
 「いいのか?まだお客さんいっぱいじゃないか。」
 「ええねん。手伝いの三人の姉ちゃんたちが来てくれたからな。」
 「そうか。」
 「でも、ケニー、すごいね、こんなにたくさんの種類があるんだ。」マユミがメニューをめくりながら心底嬉しそうに言った。
 「うちはな、単に仕入れたもんを売る店やないんやで。全商品親父とおかんの手が入っとる。」
 「あの奥が、仕事場なんだろ?」ケンジが店の奥の大きなガラス板で仕切られたスペースに目をやった。
 「『アトリエ』っちゅうんや。ショコラティエの作業場。」
 「かっこいいね。」マユミが言った。
 「親父はな、どんな商品でも、チョコレートに関係ないものは置かない主義なんや。」
 「それでこそチョコレート・ハウス。」
 「流行ればええねんけどな。」ケネスはコーヒーカップを口に持っていった。
 「絶対大丈夫だと思うぞ。」
 「あたしも。間違いなく女子高校生、中学生、主婦の御用達になるよ。」
 「そやな。それはわいたちも期待しとる。」
 「こうして喫茶スペースもあるし。ちゃんと跡継ぎもいるしな。」ケンジはウィンクをした。
 「ねえねえ、ケニー、」
 「なんや?マーユ。」
 「これ、食べていい?」マユミがテーブルに置かれた箱を指さした。
 「ああ、すんまへん!持って来といて、開けもせんで。」ケネスはその正方形の箱を開けた。一口大のいろんな種類のチョコレートが九つ並んでいた。
 「うちの主力商品、『シンプソンのアソートチョコレート』や。」
 「ストレートなネーミングだな・・・。」ケンジが言った。
 「言うたやろ、うちのファミリー、センスあれへんって。」
 「いいんじゃない?わかりやすいし、十分アピールできてるよ。」マユミが言った。
 「ほんまに?」
 「うん。主力商品なら、これぐらい単純明快な方がいいと思うけど。」
 「おおきに、マーユ。」ケネスはにっこりと笑って、一つのチョコレートをつまんでマユミに手渡した。
 「それはリッチでクリーミーなミルクチョコレートや。マーユのイメージにぴったりやと思うで。」
 「いただきまーす。」マユミは手渡されたそのチョコレートを口に入れた。「んー!」マユミは目をぎゅっとつぶって両手を頬に当てた。「最高ーっ!」
 「お気に召しましたか?マユミお嬢さま。」ケネスが言って笑った。
 「どれどれ、俺も。」ケンジが箱に手を伸ばした。「これ、いただこうかな。」彼がつまんだのは四角い形のダークブラウンのチョコレートだった。
 「それはうちで一番カカオ成分が多くて香りがリッチなビターチョコや。」
 「へえ。」ケンジはそれを口に入れた。「おお!なるほどっ!」
 「おいしい?ケン兄。」
 「確かに苦い。でもただ苦いだけじゃなくて、本当に香りがすごい。カカオってこんなに強烈に香るんだ。」ケンジは感動したように言った。「でもやっぱり苦い・・・・。」ケンジは渋い顔をした。
 「苦い思いをした後は、これやで。」ケネスは箱からベージュがかったブラウンのチョコレートを手に取り、ケンジに与えた。ケンジはそれを口に入れた。
 「どや?かえって普通のんより甘く感じるやろ?ケンジ。」
 「うん。甘い。やっぱり俺、チョコレートはこれぐらい甘甘の方がいいな。」
 今度はケネスがウィンクをした。「苦い経験の後のマーユとの時間は、格別やったやろ?」
 「そうだな。」ケンジは少し照れたように笑ってうつむいた後、すぐに顔を上げてマユミを見た。マユミもケンジを見つめ返していつもの愛らしい笑顔を作った。「ケン兄に抱かれて、甘く溶けちゃう。あたしもチョコレートと同じだね。」
 ケネスは仰け反った。「ええなー、わいも女のコにこんな風に言われてみたいもんや。」
 「マユ、恥ずかしいこと人前で言わないでくれよ。」ケンジは赤くなってマユミの額を小突いた。
 「ま、キホンチョコレートは甘い方がええな。やっぱり。」ケネスは笑ってカップを持ち上げた。









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