Simpson 作

『Twin's Story 8 "Marron Chocolate Time"』

《1 熱い夏》

 ――7月。『熱い』夏がまたやってきた。

「おい、ケンタ、」
「なんだ」
「おまえ、今度のブロック大会、どうなんだ?」
「どうって?」
「入賞できそうなのか?」
「どうかね」

 シンプソン健太郎は放課後、工業化学科クラスメートの天道修平と一緒にいた。修平は健太郎の中学時代からの親友で、現在剣道部の主将だ。

「そういうおまえは? 修平」
「団体戦は無理かもな……」
「なんで?」
「今年のチームはちょっと脆弱なんだ。で、水泳部、女子チームはどうなんだ? 真雪とか」
「マユも県では上位だがブロックレベルじゃないからな。まあ、やってみなきゃわからないけど」

 彼らの最後の正式試合、高校総体ブロック大会を間近に控えて、健太郎とその双子の妹真雪は水泳、修平は剣道の最終調整を行っている時期なのだった。


「どうして私がこんなところにいなければならないの?」眼鏡を掛けた見た目おとなしそうな女子生徒が、隣にいるポニーテールで栗色の瞳をした友人に言った。ここは高校の剣道場だ。竹刀の激しくぶつかり合う音で、二人の会話は困難を極めていた。

「だって、修平、かっこいいじゃん」
「いや、だからどうして私が、」
「あんたもそう思わない?」
「そうね……」眼鏡少女春菜は、さして関心がなさそうに男達が竹刀を振り回す姿を眺め直した。「まだ伝えてないの? 夏輝の気持ち」
「え? 何だって?」その夏輝と呼ばれた生徒は耳に手を当てた。
「伝えてないの? 修平君にっ、あなたの気持ちをっ!」春菜は大声を出した。
「だって、恥ずかしいじゃん」
「『恥ずかしい』? あなたに恥ずかしいなんていう感情があったのね」
「え? 何か言った?」また夏輝は耳に手を当てた。
「何も」春菜はため息をついた。
「真雪も今頃、泳いでる頃かな」

 同じ情報システム科クラスのシンプソン真雪とは中学時代から仲の良い日向(ひむかい)夏輝は、剣道部主将の修平に『ほの字』だった。さっきから横で遠慮なく迷惑そうな顔をしているのは、デザイン科クラスの月影春菜。
 夏輝と真雪は高校に入学して間もない頃、体育の時間に見かけた、あまりのおとなしさ、あまりのまじめそうなオーラでなかなか友だちを作れないでいた春菜を半ば無理矢理友だちにしてしまったのだった。



 その夜、修平と健太郎は電話で話していた。

「おまえ、知ってた?」健太郎が切り出した。
『何を?』
「おまえに告白寸前の女子がいるって」
『は? 知らねえよ、そんなの』
「鈍いやつだな」
『悪かったな』
「気になるか?」
『当たり前だ! 気にならないわけねーだろ!』
「夏輝だよ、夏輝」
『はあ?!』修平は持っていたケータイに向かって大声を出した。健太郎は思わず自分のケータイを耳から遠ざけた。
「おまえ、気づいてなかったのかよ」健太郎はちょっと呆れて言った。
『冗談言ってんじゃねーよ。あいつに好かれたって、俺全然反応しねーから』
「何だよ、反応って」
『俺のあそこはあいつには反応しねえよ』
「お、おまえ、そういう尺度で女子とつき合うのか?」
『あったり前だろ! とどのつまり、つき合う最終目標はセックスだ。おまえもオトコだからそうだろ?』

 健太郎は絶句した。

「じゃ、じゃあ、俺が夏輝とつき合ってもいいのか?」
『勝手にすればいいじゃねーか。俺には関係ねえよ。だが、そうなったら、聞かせろよ、エッチがどんなだったか』
「ばかっ!」
『おまえ、今、赤くなってんだろ? かっかっか! そういうおまえこそさっさとコクっちまった方がいいんじゃねえか? 夏輝に。早くしねえと、あいつ、俺にコクっちまうぞ』
「大きなお世話だ。っつーか、おまえに言われても、全然釈然としないんだよ」



 次の日も、夏輝と春菜は剣道場にいた。

「あたし、」春菜が口を開いた。「家で絵の練習、したいんだけど」
「え? 何だって?」夏輝は耳に手を当てた。
「絵の練習っ、したいんだけどっ!」春菜は大声を出した。
「すれば」
「す、すれば、って……」
「ここにスケッチブック持って来なよ。そうだよ、あたしの修平をスケッチしてくれない?」
「いつから『あたしの』修平になったのよ」春菜はそう言って、そこを離れた。
「あ、春菜、どこ行くの?」
「ちょっとね。すぐ戻るわよ」

 一人になった夏輝は、面をかぶって乱取り稽古をしている修平だけを見つめていた。彼女の胸はいつものように熱く高鳴った。

 やがて春菜が戻ってきた。手にはスケッチブックと鉛筆が一本握られていた。
「え?」
「やれやれ……」春菜はスケッチブックを開いて左腕で抱え、右手に持った鉛筆を軽やかに動かし始めた。夏輝はその様子をじっと見た。そして本物の修平の姿と、描き出されていくモノクロの修平の姿を何度も見比べた。
「あんた、例によってすごいね」
「え? 何が?」春菜は手を止めずに答えた。
「よくそんな、すらすらと……」
「はい、できたわよ」春菜はスケッチブックのその修平が描かれた紙をぺりぺりと切り離して、夏輝に渡した。
「あ、ありがと」



 昼食時間の学生食堂は賑やかだ。

 健太郎の隣に座った修平が喧噪の中囁いた。「ほら、夏輝だぜ」そして彼の脇腹を肘で小突いた。
「えっ?」健太郎は顔を上げて、修平の指の先、食堂の入り口に立っているポニーテールの女子生徒を見た。
「チャンスじゃねーか」修平がにやにやしながら言った。
「な、何がチャンスなんだよ」
「高校の食堂から始まる恋……そして二人は見つめ合い、そっと唇を……」
「やめろ」健太郎が言った。「こんなに人がいるのに、なんでくっ、唇を、」健太郎は赤くなった。
「ばっかじゃねーの? おまえ、本気で想像してんのか?」
「お、おまえが変なこと言うからだろ!」

「ケンちゃん」二人の前で声がした。健太郎は目を上げた。いつの間にか彼らが座ったテーブルの向かい側に夏輝が春菜と真雪と共に立っていた。「え?」健太郎は言葉を失った。
「ちっ! 真雪も一緒か。これじゃコクれねえな、ケンタ」修平が右手の指を鳴らして残念そうな顔をした。
「ここに座っていい? ケン兄」真雪が言った。
「え? あ、い、いいけど……」

「修平も一緒で良かった」夏輝が言った。「見せたいものがあるんだ」
「見せたいモノだあ?」修平が言った。
「これ」

 夏輝は、昨日春菜が描いた道着姿の修平のスケッチをテーブルに広げて見せた。

「おっ!」修平が目を見開いた。
「こ、これって……」健太郎もその絵をのぞき込んだ。
「春菜が描いたんだよ。うまいでしょ」
「す、すげえ……」
「ものの一分ぐらいでさらさらっとね」
「面をつけてるのに、修平ってすぐわかるな、この絵……」健太郎が言った。
「ほんとに何て言うか、絵なのにしゅうちゃんの雰囲気が伝わるよね」真雪が言った。
「春菜さんって、噂以上だな……」
「絵の勉強、いつからやってるの?」健太郎が訊いた。
 春菜がようやく口を開いた。「小学生の頃からね」彼女は小さな声で言った。
「大したもんだな」修平がその絵を手に取った。そして左手の箸でミニトマトをつまみ、口に入れた。
「その絵、あんたにあげるからさ、」夏輝が身を乗り出して言った。「修平、あたしとつき合わない?」

「へ?」ぼと……。ミニトマトが修平の口から皿に落ちた。

「あたし、あんたが好きなんだ」日焼けした夏輝の頬はそのトマトのようにつやつやで真っ赤になっていた。突然のことに、春菜と真雪は一様にびっくりして、夏輝と修平の顔を見比べた。修平も真っ赤になっていた。

「彼氏になってよ」

 隣の健太郎も箸を握りしめたまま固まり、目を数回しばたたかせた。

「い、いいけど……」修平がやっと言葉を発した。
「や、やったー……」夏輝はやっと聞こえるぐらいの小さな声で言った。
 その瞬間、健太郎が一瞬、ひどく悲しい顔をしたのを、夏輝の横にいた春菜が目撃してしまった。

「ちょ、ちょっと来い! ケンタ」いきなり修平は座っていた椅子を蹴飛ばして立ち上がり、健太郎の襟首をひっつかんで食堂を出て行った。

 取り残された夏輝は、ゆっくりと椅子に座り直した。
「夏輝、あの……」隣の春菜が恐る恐る口を開いた。
「なに?」夏輝は放心したようにつぶやき、春菜の顔を見た。
「私の思い違いかもしれないけど」
「え?」
「シンプソン君も、あなたのことが好きだったんじゃない?」
「え? ケンちゃんが?」「ケン兄が?」夏輝と真雪が同時に叫んだ。
「そう。だって、天道君が今『いいけど』って言った時、すごく悲しい顔をしたもの」
「へえ。気づかなかった。でもたぶんそれは思い違いだよ。あたし彼のことも、入学する前からずっと知ってるけど、そんなそぶり、今まで一度も見せたことなかったもん」
「あたしも気づかなかったなー」真雪も言ってパック入りのカフェオレにストローを挿した。
「いや、男の子って意外にそんなものなんじゃないの? 好きな子には素っ気なくしたりするって言うし」
「ケンちゃんはあたしに素っ気なくしたりしないよ。結構仲良しだよ。でも、たぶん、それだけだと……思う」

 夏輝は目を天井に向け、小さく首をかしげてちょっと考えた。

「何か思い当たることがある?」真雪が訊いた。
「そう言えば、あたしが修平と話をする時、必ずケンちゃんが隣にいるなあ、って今思った」
「それは二人とも同じ工業化学科クラスだし、シンプソン君と天道君は親友同士だからでしょ」


 食堂の入り口を出たところ。ジュースの自販機の脇で修平は健太郎の胸ぐらを掴み、恐ろしい顔で言った。
「おい! ケンタ!」
「な、何だよ、いきなり」
「なんでおまえ、止めなかった!」
「は?」
「なんで夏輝が俺にコクるのを止めなかったんだっ!」
 健太郎は修平の手を振り払って言った。「何わけのわかんないこと言ってるんだ。そんなの俺の知ったことじゃない。だから昨日電話で言っといただろ。それにおまえもOKしたじゃないか」健太郎はまた悲しい顔をした。
「お、おまえの目の前でコクられるなんて、想定外だったんだよっ!」
「だけど、おまえ、OKしたっていうことは、おまえも好きなんだろ? 夏輝のことが」
「そっ!」修平は思いきり困った顔をした。


《2 夏輝と修平》

 次の土曜日。朝から修平と夏輝は街を二人で肩を並べて歩いていた。県大会の剣道の試合では、修平が主将を務める剣道部は団体戦でも個人戦でも優勝していて、今はブロック大会に向けて練習に励んでいる最中だったが、この日だけ、奇跡的に半日の休みが取れたのだった。
 夏輝は胸元の大きく開いた、ぴったりとした水色のTシャツに花柄のミニスカート、修平はカーキ色のハーフパンツに黒いTシャツ姿だった。

「なんで俺がおまえとつき合わなきゃなんねえんだよ!」修平はミニスカートから長く伸びた夏輝の脚をじろじろ見ながら言った。
「何よ、その言い方! あんたOKしたじゃない、学食で。どこ見てんのよ。スケベっ!」
「OK? し、したよ。したけど、よく考えたら、お、おまえと何すればいいか、わかんねえんだよ。俺」
「こういうのを『デート』って言うのっ。こうやって一緒に歩くだけで幸せなんだよ、あたしっ!」
「そうかよ。金がかからなくて便利だな」
「そうじゃないでしょっ! いやらしい目であたしの脚ばっか見てないで、も、もっとこう、肩を抱くなり、手を繋ぐなりできないかなっ!」
「わ、悪かったよ! 知らねえんだよ! デ、デ、デートのやり方なんてっ!」

「あのう……」歩く二人のすぐ後ろから声がした。「どうして私、あなたたちのデートにつき合わなければならないのかな?」春菜だった。

 記念すべき修平と夏輝の初デートの日取りが決まった途端、春菜はそれぞれから一緒に来てくれるように頼まれたのだった。真雪も頼まれたらしいが、即刻拒否したらしかった。当然だ。

「デートって、普通は二人きりで楽しむものじゃないの?」
「いいからいいから、」修平が言った。
「ずっとそこにいてね、春菜」夏輝も言った。
 春菜は大きなため息をついた。「来週デザイン検定があるのに……」

 道路を渡るために信号待ちをしている時、修平が出し抜けに大声を出した。「そっ! そうだっ!」
 びくっ! 夏輝と春菜は驚いて修平を見た。
「な、何よ、大声出さないでよっ! びっくりするでしょっ!」夏輝が言った。
「『海棠スイミング』に言ってみようぜ」
「へ?」
「ケンタに会いに行こうぜ」
「な、なんで急に……」
「どうせ暇だろ?」
「それはちょっとまずいんじゃないかな……」春菜がつぶやいた。「シンプソン君に見せつけに行くようなもんだよ……」


 しかし結局、街の中心部にほど近い場所にある『海棠スイミングスクール』を三人は訪ねてしまった。

「あ、ケンちゃんだ!」夏輝が叫んだ。三人はプールを見下ろす観覧席に来ていた。丁度健太郎のクラスが終了した時刻だった。健太郎はまだプールサイドにいて何人かと話している。その中には彼のいとこ海棠 龍もいた。
「龍くん逞しくなったよね」夏輝が言った。
「そうだな。ケンタにそっくりになってきたよな」修平も言った。
「誰なの?」春菜が訊いた。
「ケンタと真雪の母ちゃんの双子の兄、ほら、あそこに立ってるかっこいい男の人。ケンジさんって言うんだけど、その一人息子、つまりケンタのいとこ、海棠 龍。今中二だ」
「そうなの……」春菜は眼鏡を押さえて、その龍という少年を見た。

 プールサイドにインストラクターの男女のペアが並んで立っていた。二人ともぴったりとした競泳用の水着を身につけている。

「相変わらずミカ先生って、ナイスバディだよなー」修平が言った。「俺、あんな人を抱きてーなー」
「いやらしいヤツっ!」夏輝が吐き捨てるように言った。そう言いながら、彼女はミカの隣に立っているすらりと背の高い、見事にバランスの良い筋肉のインストラクター、ケンジに目が釘付けになっていた。
「おい、……おい夏輝!」修平が言った。
「え? な、何?」
「ケンタがこっちくるぞ。俺たちに気づいたらしい」


 プールのすぐ脇にあるジムの前で三人は健太郎と話した。

「何しに来たんだよ。おまえらデート中だろ?」健太郎が水着のまま、髪をタオルで拭きながら言った。「それに、なんで春菜さんまで。おまえら彼女を無理矢理連れてきたんだな」

 春菜は無言で大きくうなずいた。

「だ、だってさ、俺、デートなんてやったことねえし、どうしたらいいかわかんねえよ」
「いや、理由になってないから」健太郎は春菜を見た。「迷惑だよね、春菜さんも」
「う、うん。迷惑。とっても迷惑」春菜は少し赤くなって言った。
「ほらみろ」

 健太郎と修平、夏輝がわいわい話している間、春菜は初めて見る健太郎の裸体から目が離せずにいた。筋肉質だが柔らかそうな胸、ヒップ、腹部、すらりとした長い脚、そして水着の膨らみ……。健太郎の身体のパーツはどれも美しかった。まるで躍動的なギリシャの彫刻のように、健太郎の体つきは、春菜の中で完璧で理想的なプロポーションとして記憶に焼き付いたのだった。


 その夜、春菜は昼間見た健太郎の身体を思い出しながら、スケッチブックに何枚もその裸身を描いた。正面の立位、後ろ姿、膝を抱えて座った側面からの姿……。春菜の手からつぎつぎに彼女の頭の中で想像された健太郎の美しい身体が紙の上に具現され続けた。



 7月中旬。高校総体のブロック大会。夏輝と春菜は、揃って朝から剣道会場の県立武道館に行った。そこは、応援の人でごった返していた。

「良かったね、剣道のブロック大会がうちの県であって」春菜が言った。
「こんなのいや」夏輝が言った。「むさ苦しすぎ!」
「そんなこと言っても、ここで天道君たちの試合があるんでしょ?」
「そうだけど。あたし修平さえ見られればそれでいいのに、何この人だかり」

 夏輝と春菜はその人だかりをかき分けながら、二階の応援席へと上がっていった。
 自分の高校の生徒や剣道部の保護者がたくさん集まっている場所を敢えて避けて、二人は比較的知り合いの少ない場所に陣取った。その武道場は広く、フロアには4面の試合エリアが設けられていた。

「あっちの場所だね、あたしたちの学校が試合するの」
「そうみたいね」
「まだ始まらないのかなあ・・・・」夏輝が腕時計を見ながら言った。
 その時、春菜が小さく叫んだ。「あ、シンプソン君」
「え? ケンちゃん来てるの?」
「ほら、あそこに」春菜が指さした所に、健太郎と真雪、それに龍もいた。そこは学校の生徒や保護者が山程たまっている場所だった。
「真雪も龍くんもいるじゃん」
「そうだね」
「龍くんカメラ持ってる」
「ほんとだ」
「修平を撮ってくれるのかな」夏輝は春菜の顔を見て息を弾ませた。
「きっとそうだよ」
「やだ、期待しちゃう。後で写真もらお」夏輝は再びその三人に目を向けた。「それはそうと最近、真雪、可愛くなったよね」
「私もそう思う」
「彼氏でもできたのかなあ」

 春菜の顔が少しだけ赤くなっていた。夏輝はそれを見逃さなかった。

「あれ? どうしたの? 春菜。赤くなっちゃって」
「え?」
「何、あんたにも好きな人ができた?」
「え?」
「だとすれば・・・・、もしかして、龍くん? ケンちゃん?」
「え?」

 春菜は『え?』しか言葉を発していなかったが、その視線と動揺の仕方で、夏輝は全てを理解した。

「そーかー。いい人だよ、ケンちゃん。あたしからもお勧めする。真雪の双子の兄だし、誠実だし、優しいし、シャイだし。あれは絶対女のコを泣かせたりしないタイプだね。間違いないよ。あれにしなよ、春菜」 
「あ、あれにしなよ、って・・・・」春菜はますます赤くなった。
「でもさ、彼とはあんまり話、したことないんでしょ? どうして好きになったの? 何かあった?」
「べ、別に何も・・・・」春菜は健太郎の美しく均整のとれた裸体を思い浮かべて、さらに赤くなった。
「真っ赤だよ、春菜」

 春菜は自分の両頬を手で押さえた。

「あ、始まりそうだよ」
 今、赤いたすきを背中に垂らした、修平を大将とする五人と、白いたすきの相手校の五人が向かい合って礼をしたところだった。
「修平、がんばって!」夏輝は両手をメガホンにして叫んだ。

 修平たちのチームは、先鋒が負け、次鋒も負け、中堅は勝ったが副将は負けた。勝敗は大将戦を待たずに決まっていた。しかし、その最後の闘いに挑む修平の周りには、何か、近づくものを跳ね返すような鋭いオーラが取り巻いていた。

「す、すごい気迫・・・・」春菜がつぶやいた。 
「かっこいい・・・・」夏輝もうっとりと口にした。

 大将戦は、さすがになかなか勝負がつかなかった。審判の旗はなかなか上がらなかった。制限時間が過ぎ、試合は延長時間に入った。修平は突然相手から身を引き、ゆっくりと下段の構えをとって身体の動きを止めた。相手の持つ竹刀は、荒い息に合わせてその切っ先が上下に大きく揺れている。対する修平は、まるで凍り付いたように身動き一つしていなかった。
 応援席の声が、潮が引くように静まっていった。そして会場全体が全くの無音の状態になったのと同時に、修平の身体が跳ね上がり、一瞬のうちにその竹刀は相手の面の頭上ど真ん中に命中した。

 パアーン!「めーんっ!」修平の声だけが会場に響き渡った。

 為す術もなく呆然としている相手選手のすぐ横を、修平がつま先立って駆け抜ける瞬間に、三人の審判の赤旗が、同時にさっと上げられた。
 わあっ! すさまじいばかりの歓声が会場を包み込んだ。

「やったーっ!」夏輝も歓声を上げて飛び跳ねた。「すごいっ! すごいすごいっ! さすがあたしの修平。かっこいー!」
 隣の春菜は少し涙ぐんでいた。「なんて芸術的……」
 修平は下がって竹刀を収め、立ち上がり背筋を伸ばすと相手に向かって深々と礼をした後、ゆっくりと正面に頭を下げた。。


「もうだめ、あたしめろめろ……」夏輝が会場から出たところで春菜に寄りかかった。
「すごかったね。天道君。さすが私たちの学校の剣道部主将」
「あたし、濡れてきた」
「えっ?」
「今、修平に抱かせろ、って言われたら、あたし迷わず服を脱いじゃう」
「ちょっと、夏輝、は、恥ずかしいこと言わないで」
「満足した。帰ろ、春菜」
「え? 会わなくていいの? 天道君に。これから個人戦だよ」
「もういいの。お腹いっぱい」夏輝は夢みるようにそう言って、春菜を置いて歩き出した。


《3 夏輝の部屋》

 8月になった。街のアイスクリーム店で、夏輝と修平は二度目のデートの最中だった。今回は春菜も固辞したので二人きりだった。

「やっと、夏休みって感じだね」
「そうだな。何とかブロック大会まで行ったけど、さすがに壁は厚かった」
「ケンちゃんも?」
「ああ、やつももう一歩のところで標準記録に達しなかったらしくてな」
「そうなんだね」
「今はやつ、毎年恒例の家族旅行中だってさ」
「家族旅行?」
「そ。『シンチョコ』のケニーさんとマユミさん、それに真雪」
「いいな、家族みんなで旅行かー……」
「それにあの『海棠スイミング』の超お似合いのインストラクター夫婦とその息子、龍も一緒に」

「…………」夏輝は少し寂しそうな顔をしてうつむいた。

「ん? どうした、夏輝」
「ううん。何でもない」
 修平は夏輝の顔をのぞき込んだ。「なんか、悲しそうな顔、してっぞ」
 夏輝は顔を上げた。「あんたもだいぶ女のコを気遣うことができるようになってきたじゃん。感心感心」
「へんっ! そんなんじゃねえやい。俺は湿っぽいのが大嫌いなだけだ」
「だろうね。あんたデリカシーないからね」
「なんだと?! もういっぺん言ってみろ!」
「だいたい、デートの仕方も知らないくせに、交際をOKするか?」
「な、何っ? 俺はおまえにコクられたからOKしたんだ。ありがたく思え!」
「どうせあたしとエッチするのが目的なんでしょ?」

 カウンターにいたアルバイトの女性店員がちらりと二人を見てすぐに顔を下げた。

「なっ! お、おまえのカラダじゃ立たねえよ、悪いけど」
「へえ、そう。じゃ、試してみる?」
「な、何をだよ」
「あたしを抱いてみなよ。あたし、あんたをイかせることぐらい、簡単にできるんだからねっ!」
「お、お、俺をイ、イ、イかせるなんざ、百年早いってんだよっ!」

 修平は明らかに動揺し始めていた。

「わかった。じゃあついて来なよ」夏輝は修平のTシャツの袖を掴んで立ち上がった。
「どっ、どっ、どこ行くんだよ!」
「あたしん家」
「な、なんだって?!」
「あたしを抱かせてやるよっ!」
「ま、待て、待てよ、夏輝っ!」

 修平は夏輝に引きずられるようにしてアイスクリーム屋を出た。
「あ、ありがとうございましたー」店員が少し引きつった笑顔で二人の背中を見送った。



「入って」夏輝が『日向』と手書きで書かれた表札の掛けられたドアを開けて修平を促した。
 そのアパートは二階建て4軒の世帯が入っているこぢんまりした、決して新しいとは言えない建物だった。夏輝の家はその一階の左側だった。修平は申し訳程度の狭い玄関で窮屈そうに靴を脱いだ。

「早く上がりなよ。あたしが入れないじゃない」

 夏輝は修平が中に入ったのを確認して、自分も靴を脱ぎ、ドアを閉めた後、修平の靴と自分の靴を揃えてつま先を表に向け直した。
 玄関脇の壁に、胸に『日向』と刺繍の入った灰色の作業服がハンガーに掛けられ、下がっていた。

「あたしの部屋、右だから」
「あ、う、うん……」修平は借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。「誰もいないのか?」
「お母ちゃんは伯母さんとこ」
「伯母さん?」
「お母ちゃんの伯母さん。今老人ホームにいる」
「そうか……」

 修平が狭い廊下を歩く度、床がぎしぎしと音を立てた。彼はドアの前で立ち止まった。ドアの隅の方のベニア板が少し剥がれかけていた。

「いいよ、入っても」夏輝が言った。
「え?」修平は振り向いて夏輝を見た。
「なに遠慮してるのよ」夏輝はいらいらして修平の代わりにドアを開けた。

 中は三畳程の部屋だった。夏輝は天井のペンダント型の蛍光灯の紐を引いた。無機質な白い光が部屋を明るくした。

 その部屋は畳敷きで、襖の引き戸の間口半間の押し入れがあった。カーテンが閉められた掃き出し窓の前に小さな座卓と扇風機。座卓の上にはペン立てと赤いハートの絵のついたマグカップが一つ。壁には学校の制服。部屋の隅に二つの三段ボックスが置いてあり、教科書や参考書がきちんと並べて詰め込まれていた。

 しかし、それで全てだった。壁にアイドルのポスターも、床に熊のぬいぐるみも、座卓の上にティーン雑誌も、何一つなかった。

 修平は三段ボックスから『警察官採用試験問題集』という本を見つけて取り出した。
「おまえ、将来は警察官になるのか?」
「うん。もうずいぶん早くから決めてた」
「へえ、そうなのか……。なんでまた」
「不幸な交通事故を無くしたい、って言うのが一番の理由」
「殊勝じゃねえか。おまえにしちゃ」
「でしょ」
 夏輝は珍しく修平の言葉につっかかってこなかった。「願書、もう出したから、今からいっぱい勉強しなきゃ」
「試験はいつなんだ?」
「一次試験が10月半ば。それにパスしたら二次試験が11月」
「高校出てすぐ、警察官になるってのか? 早過ぎだろ、おまえ」
「だって、あたしが大学に通えるようなお金、うちにはないからね」
「…………」
「もしめでたく合格したら、すぐに給料もらえるし、家計の助けにもなるじゃん」夏輝は笑った。「でも21か月もの研修期間が待ってる」
「夏輝……」
「がんばんなきゃね」

 夏輝はカーテンを開け、窓を開けた。やかましい程の蝉の鳴き声が聞こえてきた。アパートの裏には大きな栗の木があって、日差しを遮っていた。そよそよと涼しい風が吹き込んできた。

「この部屋、夏でも結構涼しいんだよ。窓開ければ」
「な、夏輝……」
「ごめんね、汚い部屋で」
「お、俺、知らなかった」
「何?」
「おまえが、その、こんなに……」
「貧乏なんだよ、うち。お父ちゃんいないから」
「そ、そうだったんだ……」
「あたし、お父ちゃんの顔、知らないんだ。あたしが生まれてすぐ、バイク事故で死んだ」

 修平は言葉を無くした。

「あたしが生まれた知らせを聞いて、病院へ向かう途中で、信号無視の軽トラックと衝突したんだって」
「夏輝……」
「あたし、一つだけ願いが叶うなら、お父ちゃんにぎゅって抱きしめてもらいたい……」

「夏輝っ!」修平は堪らなくなって夏輝の身体を背中から抱きしめた。「俺じゃ、代わりになんないかもしんないけど、おまえの父ちゃんの代わりになんかなれねえけど、おまえをこうして何度でも抱いてやれる。抱いてやっから」
「ありがとう、修平。なんか、やっと恋人同士っぽくなってきたね」夏輝は寂しげに微笑んだ。


「ごめん、修平、あたし初めてなんだ」夏輝は窓とカーテンを閉めながら言った。
「お、俺も……」
「え? そうなの? 高三なのに、奥手だね」
「し、しょうがないだろ」修平は畳の上に正座をして身を固くしていた。
 押し入れから一組の布団を抱え出して夏輝は言った。「ほら、どいて、布団敷くのに邪魔だよ」
「え? あ、うん」修平は後ずさって部屋の隅に縮こまった。
「ど、どうしたらいいのか、わかるよね、修平」
「え?」
「エッチの仕方だよ」
「お、俺もよく……」
「二人とも初めてだからね。仕方ないか。手探りでやってみよ」
「う、うん」

 夏輝は天井の蛍光灯を消した。カーテン越しに夏の光が漏れ、完全には暗くならなかった。

「あんまり暗くないから、ちょっと恥ずかしいね」
「そ、そうだな……」

 夏輝はTシャツの裾を持ってゆっくりと脱ぎ始めた。
「ご、ごめん!」修平は慌てて後ろを向いた。
「修平も脱ぎなよ。そのままじゃエッチできないじゃん」
「あ、ああ」

 修平は目の前の壁を見ながら服を脱いだ。背後で夏輝の衣擦れの音を聞きながら、修平の鼓動はどんどん速くなっていった。

 修平は全裸になった。しかしまだ部屋の隅を見つめて赤くなったままだった。

「来てよ、修平。こっちに」夏輝の声がした。修平はゆっくりと振り向いた。
 夏輝は薄いタオルケットを首までかぶっていた。そしてしおらしく照れ笑いをしながら同じように赤面していた。
「夏輝……」

 ポニーテールをほどいた夏輝は、いつもの弾けた夏輝とは違って、ひどく大人びて見えた。

「いいよ、修平、覚悟はできてる」
 修平は自分の股間をしっかりと押さえながら、ゆっくりと少しだけケットをめくり、自分の身体を夏輝の隣に横たえた。
「あ、暑いよね」夏輝は手を伸ばして枕元の扇風機のスイッチを押した。ブーンというモーターの音がやけに大きく聞こえた。
「あたしの裸、見てよ」夏輝が小さく言った。

 修平は恐る恐る夏輝の身体を覆っていたケットをめくった。夏輝の腕と脚は日焼けしていたが、手で隠されている乳房から腹、そしてやっぱりもう片方の手で隠された秘部と腰のあたりは白かった。

 夏輝は修平から目をそらしたまま言った。「こないだうちの学校であった陸上の大会に駆り出されてたからね。手足だけ日焼けしたんだ。それと顔も」
「知ってる。俺、見てた」
「え?」
「お、おまえがさ、グランド走ってるの、俺、見てた」
「なんで? 気にしてたの? あたしを」
「え、いや・・・・」
「そうか、あのユニフォームだね」
「うちの学校の女子陸上部のユニフォームって、刺激的すぎだ。俺たちオトコにはな」
「へそ出しトップスにレーシングショーツだからね。セミビキニの」
「悩殺ユニフォームだよな」
「ほかのコの姿見ても、興奮してた?」
「少しはな」
「オトコってスケベだよね」
「当たり前だ」
「で、どう? あたしの裸」
「お、俺のあそこ、も、もうはち切れそうになってる」
「そ、そうなの?」夏輝は少し怯えたように言った。「そんなのが、あたしに入ってくるの?」
「怖いか?」
「怖い。だって、初めてだし……」
「そ、そうだよな、やっぱり……」
「でも、修平、こらえきれないんでしょ?」
「…………」
「いいよ、入れてみてよ。大丈夫。あたし我慢する」
「が、我慢してまでエッチしなくても……」
「いや。する。だって、あたし修平の恋人なんだから」夏輝は自分に言い聞かせるように言って、目を閉じた。「お願い、入れてみて」

 修平は夏輝の手を取り、秘部から離させた。「あ……」夏輝は小さく叫び、身体を震わせた。

 修平は彼女の両脚を少しずつ開かせた。夏輝の身体は固くなっていて、脚を少し開いたところで、すぐに閉じようとする力が働くのを修平は感じていた。しかし、彼の興奮はもう、後に引けない程に高まっていた。
 ようやく夏輝の脚を開かせた修平は、自分の身体を彼女の脚の間に入れ、最高に大きくなったペニスを夏輝の股間にあてがった。

「あ、だ、だめ!」硬くて温かいものを秘部に押し付けられた夏輝は両手で顔を覆い、身体をよじらせた。

 修平は夏輝の両脇の布団に手をつき、歯を食いしばって夏輝の中に自分自身を入り込ませようと何度も押し付けた。その度に夏輝は身を固くして短い言葉を繰り返した。「い、いやっ」

 間もなく修平の興奮が最高潮になった。「ぐっ!」彼は低く呻いた。びゅるるるっ! びゅるっ! びゅくっ!

 生温かいものが、夏輝の脚の付け根あたりにまつわりつき始めた。「あ、いや……」また夏輝は小さく叫んだ。

 修平は腕を突っ張ったまま、大きく息をしながら射精の脈動が収まるのを待った。やがてうっすらと目を開けた修平は、夏輝の首筋にたくさんの汗の粒が光っているのを見た。それは宝石のように輝いていた。夏輝の手は布団をぎゅっと握りしめ、その身体はわずかに震えていた。

 修平は身を起こし、夏輝の身体から離れた。夏輝はすぐに起き上がり、ケットを背中から羽織った。そして修平に背を向けてティッシュで股間にまつわりついたどろどろした白い液を拭い取り始めた。
 修平は布団を降りて下着を穿き直し、夏輝に背中を向けて畳の上にまた正座した。そしておろおろしながら言った。「ごめん……夏輝」
「イったじゃん。嘘つき」
「う、嘘つきだと?」修平は振り向いた。
「あたしの身体じゃイけない、って言ったよね。修平」
「言ったっけ?」
「言った。でもちゃんと出したじゃん」
「そうだよ、出したよ、確かに。でもおまえの身体でイったわけじゃねえよ」
「どういうことよ」夏輝も振り向いて修平を睨んだ。
「あそこをこすりつけてたからイったんだ。一人でやる時と変わんねえよ」
「そうなんだ。あんたここで一人エッチしたんだ。そうだよね、あたしイけなかったから。確かに一人エッチだったのかも」
「おまえな!」
「オンナ一人イかせられないんじゃ、まだまだ半人前だね!」
「なんだと?!」
「あたしが入れて欲しい、って言ったのに、全然入れられなくて外に出しちゃったじゃん。あんなのエッチじゃないよ」
「しょうがないだろ! 初めてだったんだ」
「オンナの抱き方ぐらい、勉強しろっての」
「このやろー! 言わせておけばっ!」
「なによっ!」

 修平の顔を睨み付けていた夏輝は、ふっと表情を和らげ、くすくすと笑い始めた。

「な、何だよ、何がおかしいんだ!」
「あんたとあたしって、いっつも最後はケンカになるね」
「お、おまえがむやみに絡んでくるからだろ」修平も少し声の力を弱めた。
「あれ?」夏輝はくんくんと鼻を鳴らした。「この匂い……」
「え?」
「栗の花の匂いだ」
「栗の花?」
「そうだよ。裏の木で今年もいっぱい咲いてたから知ってるもん。6月頃」
「な、なんでいきなりそんな匂いが……」
 夏輝は自分の秘部を拭っていたティッシュの丸めた塊を試しにそっと鼻に近づけてみた。「これだ! あんたの出した液の匂い」
「ええっ? く、栗の花ってそんな変な匂いがするのか?」
「だって、本当におんなじ匂いだもん。あたしは別に変だとは思わないけど……」
「変だろ、それ。マジで臭えよ」
「あんた自分の身体の中でそれを作ってんでしょ?」
「そ、そうだけどさ」

 夏輝は丸めたティッシュをゴミ箱に捨て、布団の脇に落ちていたショーツを拾い上げて身につけながら言った。「修平、一緒に横になってよ」
「う、うん」

 修平と夏輝は一つの布団に寄り添って横たわった。
「裏にある栗の木はね、もうすぐ実を落とすんだよ」
「そりゃそうだ。秋の味覚だかんな、栗は」
「あたしん家って貧乏だから、人からいろんなものいただいてばかりだけど、この木の栗だけはあたしが収穫してみんなにお裾分けするんだ。毎年」
「へえ、そうなのか?」
「ここの大家さんがね、拾った分は全部やる、って約束してくれてんの。でも、その代わり、落ちたイガや葉っぱは掃除して捨てなきゃなんない」
「おまえ、毎年そんなことしてんのか?」
「うん。もらった人はみんな喜ぶよ」夏輝は嬉しそうに微笑んだ。
「そうか」修平も何だか嬉しくなって顔をほころばせた。
「秋が来たら、修平にもいっぱいやるよ。楽しみにしてて」
「いや、俺、おまえと一緒に栗拾いするよ」
「ホントに?」
「ああ。そん時は呼べよ、絶対」
「うん。呼ぶ。絶対。お礼は何がいい? 拾った栗っていうのも何だか芸が無いね」
「お礼は……」修平が夏輝に身体ごと向き直って言った。「おまえのカラダでいいや」
「あはは。大丈夫、栗拾い手伝ってくれなくても、あたしあんたに抱かれてあげるよ」
「じゃあ、早いとこちゃんとエッチできるようになっとかなきゃな」
「そうだね」夏輝は修平の胸に指を這わせた。「修平は、卒業したらどうするの?」
「俺は、大学行って先々教師になりたい」
「先生かー、いいね、あんた向いてると思うよ。小学校とかさ。元気いっぱい子どもと遊んでくれる先生になりそう」
「そうか。そう言ってもらえると・・・」修平は照れて頭を掻いた。
「剣道も続けるんだよね? もちろん」
「ああ、お陰でいくつかの大学から誘いがきてる」
「うらやましいね、一芸に秀でてるってのは」
「おまえも、警察官、似合ってると思う。俺」
「ありがと、修平」
「試験、がんばれよ」
「うん」

 夏輝は修平の背中に手を回した。修平も同じように夏輝の身体を抱いた。


《4 春菜の想い》

 春菜は一人、『シンチョコ』の入り口ドアを開けた。カランコロン……ドアにつけられたカウベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。あれ、春菜」振り向いた真雪が彼女に近づいてきた。


 『シンチョコ』というのはこの町の老舗スイーツ店『Simpson's Chocolate House』の愛称だ。経営者はケネス・シンプソン。健太郎、真雪兄妹の父親である。
 ケネスは海棠ケンジと高校時代からの親友同士。ケネスの妻はそのケンジの双子の妹マユミである。


 春菜が少し緊張したように言った。「真雪、店手伝ってるんだね」
「うん。休日はだいたいね。何? 何か買いに来たの?」
「え? う、うん」
「どうしたの?」真雪は春菜の顔をのぞき込んだ。「もしかしてケン兄に会いに来た、とか」
「えっ?!」春菜は顔を上げた。「ひょ、ひょっとして夏輝から聞いたの?」
「聞いたよ。でも、本当なの? 春菜。夏輝がまた一人で突っ走って勝手なこと言ってるんじゃないの?」

「……本当なの」春菜はうつむいて赤くなった。

「そっかー。でもケン兄にはもったいないね、春菜は」真雪は笑った。「あの人、結構ずぼらだよ、優柔不断だし。呼んで来ようか? ケン兄」
「え? いや、いい、いいよ。大丈夫」春菜は慌てて言った。
「今たぶん部屋にいると思うけど」
「本当にいいの。そ、それより真雪、ちょっと話す時間、あるかな」

 ずっと赤くなったままの春菜を見て、真雪は微笑みながら言った。「いいよ。じゃあそこのテーブルで待ってて」
「ごめんね」

 真雪は店の奥に入って行った。春菜は店の隅の喫茶スペースに並べられたテーブルの一つに向かって座った。その時初めて春菜は店中に充満しているチョコレートの匂いに気づき、目を閉じて深呼吸をした。嗅ぎ慣れているはずのその匂いが、春菜にはいつもに増して甘く、かぐわしく感じられた。

 すぐに真雪が戻ってきた。手にはトレイを持っていた。二つのティカップとチョコレートが乗っていた。

「はい、食べて」真雪も春菜の向かい側の椅子に腰掛け、トレイをテーブルの真ん中に置いた。
「え? 悪いよ、こんなことまでしてもらっちゃ」
「いいのいいの。遠慮しないで。これ、うちの今年の秋の新製品。マロン・チョコ」
「マロン・チョコ?」
「そ。小粒のマロングラッセをスイートチョコでコーティングしたの。10月発売開始予定なんだ。感想を聞かせて。春菜がモニター第一号」真雪は笑った。
「光栄だな。いただきます」

 春菜はその形のちょっといびつな丸いチョコレート菓子をつまみ、口に入れた。

「おいしい! 中身がすっごく柔らかい。マロングラッセって、もっとごろごろしてるイメージがあった」
「それ作るのに二週間かかるんだって」
「二週間も?!」
「栗を甘く、柔らかくするためには、そのくらいかけないとダメなんだって。お酒もちょっとだけ入ってるんだよ」
「時間がかかるんだね、それにお酒も……。だからこんなに上品に甘くて、芳醇な香りを発するようになるんだ……」春菜は感慨深げにそうつぶやいた。

「で、何かあたしに手伝えること、ある?」
「そう。あ、あのね……」春菜は持っていたバッグから一枚の紙を取り出した。それははがき大のケント紙だった。彼女はそれを黙って真雪に手渡した。
「わあ!」真雪はそれを手にとって見た瞬間驚嘆の声を上げた。「すごい! ケン兄の絵」

 それは健太郎の制服姿の全身を描いた鉛筆画だった。半袖のワイシャツ越しの逞しい筋肉、充実した腰、そして長い脚。真雪が見てもほれぼれするような、まるでモデルのような兄の絵だった。そして何より真雪を感動させたのは、描かれた健太郎のこぼれんばかりの笑顔だった。それは、真雪が小さい頃、一緒に遊んでくれていた時に見せたような無邪気な兄の笑い顔だった。

「ケン兄だ、まさしくケン兄だよ!」
 春菜がゆっくりと口を開いた。「私、シンプソン君の身体が好きなの」
「えっ? か、身体?」
 春菜は慌てて言った。「い、いや、変な意味じゃなくて、その、プロポーションって言うか、彫刻みたいな理想的な身体っていう意味だよ」
「ああびっくりした。でもわかるよ。さすがデザイン科のトップを独走する春菜だね」
「そ、それでね、」春菜はもじもじし始めた。「あ、あの、」
「何?」
「シンプソン君の、ヌ、ヌードを、スケッチしたいんだけど」
「おっと! そう来ましたか。いいよ。あたしが頼んであげる」
「え? ほんとに?」
「イヤとは言わせないよ。任せて」真雪はウィンクをして見せた。
「あ、ありがとう、真雪。感謝する」


「ちょっと待て」
「何? 何か問題でも?」

 その晩、真雪は健太郎の部屋を訪ね、いきなりヌードモデル依頼の話を切り出したのだった。

「問題大ありだ」
「なんでよ。単純に服を脱いで立ってればいいだけじゃん」
「そ、そんな簡単にいくか! だいたい、」「これが逆の立場だったら大問題だろうけど、ケン兄が裸でモデルになるわけでしょ? 何の問題もないじゃん」真雪は赤くなって主張する健太郎の言葉を遮って言った。
「そ、そんなこと言っても……」
「協力してあげなよ。うちの学校の偉大な芸術家のためにさ。それとも何?」
「何だよ」
「モデルやってるうちにムラムラきて、春菜を押し倒しそうになる、とでも言うの?」
「そんなわけあるかっ!」

 真雪は立ち上がった。「じゃあ、今度の土曜日に、下の暖炉の前でね」
「か、勝手に決めるな!」
 部屋のドアを開けて振り向いた真雪は念を押すように言った。「こうでもしなきゃ、ケン兄いつまでも動かないでしょ。逃げないでね」
「お、おまえなあ・・・・」


「何っ?! ヌードモデルっ?!」修平が叫んだ。
「ばかっ! 大声を出すなっ!」健太郎が慌てて修平の口を押さえた。ここは学校の食堂である。
「春菜さんもやるねー」
「だよな、オトコの裸をスケッチする、なんて普通女子高生は考えないよな」
「とか何とか言って、実はおまえ、嬉しいんだろ?」
「なんで俺が嬉しがらなきゃなんないんだ。恥ずかしいだけだろ」
「俺なら潔く脱ぐけどな」
「おまえと違って、俺は恥を知ってるんだよ」
「俺と夏輝も行って、見てていいか?」
「来るな」
「おもしろそうじゃん」
「絶対来るな」



 シンプソン家の裏の別宅。一階リビングの暖炉の前に健太郎は立っていた。ハーフパンツにノースリーブシャツ姿だった。

「こ、ここにこうやって立ってればいいの?」健太郎が言った。
「う、うん。ごめんね、シンプソン君。無理言っちゃって……」
「いいよ。気にしないで」
「真雪に無理矢理押し付けられたんでしょ?」
「初めはね。でも、考えてみればこんな機会、滅多にあるわけじゃないし、春菜さんが俺の身体が気に入ってくれてる、ってまんざら悪い気もしないし。少しやる気になってきた」
「ほんとに? ありがとう。私、一生懸命描くから」
「うん。この場は任せるよ。いろいろ指示して」
「わかった」

 春菜は健太郎から少し離れた場所に、窓からの光線を見ながら自分の位置を決めた。イーゼルを立て、スケッチブックを置いて椅子に座った。

「じゃ、じゃあ、シンプソン君。服を脱いでもらってもいい?」
「ぜ、全部?」
「恥ずかしい? 恥ずかしいよね。やっぱり」
「うん、ちょっと・・・」
「水着ぐらいなら着ててもいいよ。でもなるべくヌードに近い方がいいけど・・・」
「わかった。じゃあ、穿いてくる。ちょっと待ってて」

 健太郎は二階に上がって自分の部屋に入った。リビングで待つ間、春菜の身体は次第に熱を帯びてきた。

 健太郎はすぐに降りてきた。上に着ていたものを手に持ち、下着の代わりにあの時と同じ小さなビキニタイプの競泳用の水着を身につけていた。その姿を見た途端、春菜の顔は火がついたように火照り始めた。

 健太郎は暖炉の前に立った。

「す、少しの間、じっとしててね」
「わかった」

 少し上に向けた澄んだ目、清潔感溢れる髪、逞しい僧帽筋、三角筋、上腕筋、大胸筋、そして極端ではなく自然に盛り上がった腹筋。小さく引き締まった大臀筋。大きいが脚のシルエットを崩さない大腿筋、ふくらはぎ。そして小さな水着に覆われた膨らみ・・・・・。春菜は無心に鉛筆を動かした。

「ありがとう」春菜はため息をついた。「もういいよ。服着ても」
「もう描けたの? さすが、速いね」健太郎は床に置いていた服を着始めた。

「……でもだめ。こんなんじゃ、だめ……」春菜はたった今描いた紙を乱暴に引きちぎった。

「え?」健太郎は服を着る手を止めて顔を上げた。
「描けない。私、今一番描きたいあなたの身体が、描けない……。悔しい」
「じゃあ、もう一回描いてみてよ」
「でも、もうあなたに恥ずかしい思いをさせたくないよ」
「大丈夫。何だか平気になってきたよ」健太郎は笑った。そして身につけかけていた服を脱いだ。「こんな身体で良ければいつでも提供するよ」
「シンプソン君……」


 春菜は何度も何度も挑戦した。くしゃくしゃに丸められた紙がいくつも春菜の足下に転がった。

 健太郎は、そうやって苦しみながら鉛筆を紙に走らせる春菜の姿を半ば驚異の目で見ていた。生まれて初めて見る、凄まじいとも言える光景だった。張りつめた精神力と妥協を許さない厳しい自己批判の目、それでも自信に満ちあふれた手の動き、額に汗しながらその小柄な一人の少女は自分が描く一枚の画と一心不乱に闘っているようにも見えた。健太郎の胸に繰り返し熱いものがこみ上げてきた。

「やっぱりだめだ……」春菜は鉛筆を持った手をだらりと垂らしてうなだれた。

 健太郎は水着姿のまま春菜に近づいた。そしてイーゼルに立てられたスケッチブック、たった今描かれた自分の画をのぞき込んだ。
「うまく描けてると思うけどな」

 すぐ横に立った裸の健太郎の体温がほのかに感じられた。同時にチョコレートと健太郎の身体の匂いが混ざった何とも言えない甘い香りも漂ってきた。春菜はますます身体が熱くなっていくのを感じていた。

「何が気に入らないの?」健太郎が春菜の顔を見た。
「あなたの、力強さやしなやかさが描ききれてない。あなたの、優しさや柔らかさが表現できてない」
「お、俺の? 力強さ……柔らかさ?」
「これじゃただのスケッチ。私が描きたいのはあなたの中にあるもの」
「俺の、中にあるもの……」
「どうすればいいかな、私、どうしたら本当のあなたを描けるかな……」春菜はぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「春菜さん……」

「私、もっと知りたい、あなたをもっと知りたい。好きなあなたを、もっと好きになりたい!」春菜は立ち上がり、泣きながら健太郎の腕に指を這わせた。そして鎖骨、厚い胸板に両手をそっと当てた。

 健太郎は身動きせずじっと立っていた。春菜の指が腹筋をなぞり、太股に触れた。
「健太郎君の、全てを……好きになりたい……」

「は、春菜さん……」健太郎はやっと小さく声を出した。春菜がゆっくりと顔を上げて、潤んだ眼で健太郎の眼を見つめた。それは、さっき自分の画と対峙していた時の厳しい眼とは別人のような、一人の可憐な少女の純粋なまなざしだった。

 健太郎は春菜の頬を両手で包み込み、静かに唇を重ねた。春菜の流した涙の味がした。ゆっくりと口を離した健太郎は囁いた。「俺で良ければ……」



 健太郎は春菜を自分の部屋に通した。そして彼女をベッドに座らせた。健太郎は水着のまま、上に薄いパーカーを羽織り、春菜の横に座った。「春菜さん、」
「はい……」
「俺、オトコだから、二人きりで女のコがそばにいたら、その、何て言うか、こう、身体がむずむずしちゃって……」
「いいの。私が勝手にシンプソン君のことが好きになって、勝手に抱いて欲しい、って思ってるだけだから」春菜はうつむいたまま続けた。「だから、あなたが私のことを別に何とも思ってなくても、私は平気。仮に私の身体だけが目当てだとしても、私、平気だから……」
「俺さ、」健太郎が言った。「今の同級生見てて、何も考えずに、その場の雰囲気だけで生活してるやつらを見てると、すっごくむかつく」
「え?」春菜は顔を上げた。
「一つのことに集中する、って言うか、真剣味、というかさ、自分の自信のあることに突き進む、っていうエネルギーがない、そう思う。でも、春菜さんは違う」
「わ、私だって、ただ絵を描くことが好きで、そんなことばっかりやってるだけだよ」
「違うね。君は画を描くことに自信を持ってるし、それに満足しない厳しさも持っている。恥ずかしいことに、俺、そのことをついさっき知った」健太郎は春菜を見た。「俺、そういう人を尊敬する」
「そ、尊敬だなんて……」春菜はまたうつむいた。
「今日、君に描いてもらった絵に、俺が何かを吹き込むとしたら、君の想いに応えること。そして、自分の想いを伝えることかもしれない」
「自分の……想い?」

「俺も、正直、君のことがすごく気になり始めた」

「健太郎君……」

 健太郎は春菜の両肩を抱いて、そっと唇同士を重ね合わせた。「ん……」春菜は目を閉じた。
「眼鏡、邪魔にならない?」健太郎が耳元で囁いた。
「そのままでいい? 私、あなたをずっと観察していたいから……」
「そう」健太郎は微笑んだ。

 健太郎は春菜の身体をゆっくりとベッドに横たえ、羽織っていたパーカーを脱いだ。彼は再び小さな水着だけの姿に戻った。「じっくり観察してよ」
「うん」春菜は微笑んでこくんとうなずいた。「私のことも、もっと見て、健太郎君」
「わかった」

 健太郎は春菜のシャツをゆっくりと脱がせた。薄いピンク色のブラの中で春菜の乳房ははち切れそうだった。「私、今、胸の中がとっても熱くなってる。こんなこと……初めて」消え入りそうな声で春菜は言った。
「そうみたいだね。わかるよ」

 健太郎は春菜のキュロットスカートのベルトを外し、ホックを外した。春菜は腰を持ち上げた。そして健太郎はゆっくりとそれを脱がせていった。ショーツも薄いピンク色だった。

「これで、俺と同じ」
「そうだね」春菜は小さな声で言った。
「俺、初めてじゃないけど……」
「え? そうなの?」
「うん。で、でも今つき合ってる彼女がいるってわけじゃないから。もちろん」
「いいの。私あんまり気にしない。あなたが経験済みってことは想定内」
「ごめん。俺、ちょっとチャラいオトコだって思われたかな……」
「思わない。健太郎君はそんな人じゃないってことは見ててもわかるし、夏輝もそう言ってた」
「そうなんだ……。ありがとう」
「私は初めてだけど、良かった。健太郎君が経験者で」
「え? なんで?」
「だって、何にもわからない私を、あなたがリードしてくれるから」
「そんなに経験豊富じゃないよ、俺」健太郎は照れ笑いをした。
「私、安心してあなたに身体を預けられる」
「春菜さん……」

 健太郎は仰向けになった春菜の唇に自分の口を重ねた。そしてゆっくりと吸った。上唇をちょっとだけ舐め、その口に舌を差し入れた。春菜の口はすでに半開きになっていて、健太郎の舌を少し震えながら受け入れた。
 健太郎はキスを続けながら左手を彼女の背中に回し、ホックを外した。そして口を離すとそのまま両手でゆっくりとそのブラを腕から抜いた。春菜は思わず自分の胸を手のひらで覆った。健太郎は手首を持って、そっと春菜の手をどけた後、露わになった二つの乳房を交互に手でさすり、乳首を舐めた。

「あ……」春菜の呼吸が荒くなってきた。
 しばらくして乳首を咥えていた口をチュッという音をさせて離すと、健太郎は顔を上げて春菜の目を見つめた。「ここまでなら、まだ引き返せるけど……」
「え?」
「オトコってやつは、臨界点を超えると、もう最後までいかないと気が済まなくなる。今、俺、臨界点直前なんだ」健太郎は笑った。
「大丈夫。私平気。あなたを受け入れるのに何の不安もないよ」
「そう。良かった」
「遠慮なく臨界点を突破して」
「わかった」

 健太郎はベッド脇のサイドボードの小さな引き出しを開けて正方形の小さな包みを取り出した。そしてそれをベッドの枕元に置いて、穿いていた水着を脱ぎ去った。それから春菜のショーツもゆっくりと脱がせた。春菜は思わず目を閉じ、身体をこわばらせた。
「怖い?」
「う、ううん。大丈夫……」
「深呼吸して」
「うん」春菜は少し震えながら大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。健太郎から発せられる甘い香りが身体の中に充満していく感じがした。

 健太郎は春菜の股間に顔を埋めた。「あっ!」春菜が小さく叫んだ。「は、恥ずかしい……」
 彼は静かに彼女の谷間に舌を這わせ始めた。「あ、ああっ!」時折びくん、びくんと身体を反応させ、春菜は喘いだ。

 健太郎の舌がクリトリスを捉えた。「いやっ!」春菜が身体をよじらせた。健太郎は顔を上げた。「もうやめようか?」
「ご、ごめんなさい、健太郎君。大丈夫、あなたのやりたいようにやって」
「痛かったり、気持ち悪かったりしたら、ちゃんと言うんだよ」
「も、もう臨界点超えてるのに、やめられるの?」
「大丈夫。フィニッシュにはいろんな方法があるから」
「いいよ。あたしも大丈夫。最後までいって。健太郎君」

「何をされたら心地いい? 春菜さん」
「え?」
「気持ちいいって思うこと、どんなこと?」
「んー」春菜は少し考えた。「私、あなたの裸見た時、とっても身体が熱くなった。もしかしたら、ヌードモデルを頼んだのも、そんなあなたをもう一度見たかったからかもしれない」
「だから眼鏡、ずっと外さないんだね」
「あなたをずっと見ていたい。あなたが私を優しく触ってくれたり、刺激してくれたり、そして最後に私の中でイってくれる姿を、私ずっと見ていたい」
「わかった」健太郎は微笑んだ。「じゃあ、そういう体勢になろうか」
「え?」
「俺が下になるから、春菜さん、上に乗っかってよ。そうすればずっと俺の身体を見ていられるから」
「う、上に乗っかる?」
「気持ち良くなって喘いだり、快感に耐えたりする表情を見られるの、オトコとしては、ちょっと恥ずかしい気もするけど。いいよ。俺、がんばってみる」
「ごめんね、健太郎君」

 健太郎は一度春菜から身を離して、枕元の小さなプラスチックの包みを手に取った。
「あ、健太郎君、いいの」春菜が慌てて言った。
「え?」
「それ……使わなくても……」
「え? だって、」
「大丈夫なんだ、今は」春菜は恥じらいながら言った。
「で、でも……」
「心配しないで。本当に大丈夫なの。私、ちゃんと体温も測ってるし、間違いないから」
「春菜さん……」
「信じて。健太郎君」

 健太郎は自ら仰向けになった。「もし、君がいい、って思った時、俺のものを君の中に入れるから。いやだったらそのまま俺、自分の腹に出すよ」
「私もがんばる」
「がんばってみる? でも、本当にいいの? 俺、外に出しても全然平気だよ」
「大丈夫。健太郎君の全てが私の中に入ってきて欲しいから……」

 春菜は健太郎の身体に跨がった。そうしてもう一度大きく深呼吸をして、大きくなった健太郎のペニスの上に腰を落とした。しかしまだ挿入されていない。「しばらくそのまま腰を動かしてごらんよ。前後に」
「え? こ、こう?」春菜は健太郎に言われた通りに腰を前後に動かし始めた。健太郎のペニスを上向きに押さえつけたまま、挿入させずに自分の谷間にこすりつけた。「あ、ああん……」
「どう?」

 腰を動かす度に健太郎の大きなペニスが自分の谷間やクリトリスを外から刺激し、春菜の身体はどんどん熱くなっていった。

「な、何だかとても気持ち良くなってきた……」
 股間がしっとりと濡れてきたのを健太郎は感じていた。春菜の中が潤い始めた証拠だった。「け、健太郎君! な、中が熱い、私の中が熱くなってる……」
「受け入れられそう?」
「い、いいよ、私の中に来て、健太郎君、あ、あああ……」

 健太郎は自分のペニスに手を添えた。「もう一度腰を浮かせて」
 春菜が腰を浮かせた。健太郎はペニスの先端を彼女の谷間に当てた。「そのままゆっくり、腰を落として」

 春菜はまた大きく深呼吸をして少しずつ腰を落とし始めた。

「痛くないように、ゆっくりとでいいから」
「う、うん……」春菜は苦しそうに呻いた。

 長い時間をかけて、春菜は健太郎のペニスを迎え入れた。二人の腰が密着した。

「大丈夫? 春菜さん、痛くない?」
「ちょ、ちょっとだけ、何だか……」
「痛い? 気持ち悪い?」
「ううん。初めてで、何がどうなのか、よくわからない」
「少しずつ動いてみてよ。自分が気持ちいいって感じるように」
「わ、わかった」

 春菜は小さく腰を動かしては動きを止めた。「んっ……」春菜はまた苦しそうな顔をした。

 健太郎は目を開けてそんな春菜の姿を見上げた。自分自身は身体を全く動かさず、彼は動きの全てを春菜に任せていた。
 春菜の腰の動きが少しずつ大きくなっていった。「ああ、あああ・・・何だか、き、気持ちいい……」
「もっと動いてごらんよ、ん、んっ……」健太郎の身体も熱くなってきた。

 春菜はいつしか顔を上気させて大きく腰を動かし始めた。二つの白い乳房も大きく揺れている。「ああ、ああああ……け、健太郎君!」
「は、春菜さん、あ、あああああ……」
「ああ、な、何だか変になりそう! 気持ちいい、とっても、ああああああ……!」春菜は腰を上下に動かし始めた。激しく春菜の中に出し入れされ、健太郎の興奮は、最高潮に達した。

「ぐっ! で、出る! 出るよ、春菜さんっ! 出るっ! ぐううっ!」びゅるるるっ! 健太郎は激しく仰け反った。「うあああっ!」びゅるるっ! びゅるっ! びゅるっ!
「け、健太郎君っ! あ、ああ、あああああっ!」春菜の動きが止まり、代わりに細かくぶるぶると震え始めた。「いやあーっ!」

 健太郎の精液は何度も春菜の中に注ぎ込まれた。「あああああーっ!」春菜は大きく目を見開き、宙を見据えた。「んっ、んんっ!」健太郎も苦しそうに目を閉じ、その快感に耐え続けた。

 春菜の身体が健太郎に倒れ込んだ。健太郎は膝を立てた。春菜は肩で大きく息をしていた。健太郎は彼女の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。「あっ! け、健太郎君っ!」春菜の身体がまたがくがくと震えた。繋がったまま、春菜の秘部から、健太郎が中に放出した大量の精液があふれ出すのがわかった。それは健太郎の陰毛と股間をぬるぬるにしていった。


 春菜が腰をもぞもぞさせ始めた。健太郎は脚を伸ばしてまだ熱の冷めやらないペニスをゆっくりと抜き去った。そして春菜の身体をベッドに仰向けに横たえた。それから健太郎はティッシュを数枚手に取り、そっと春菜の秘部を拭った。

「ごめん、春菜さん。俺、初めての君の中に、出しちゃった……」
「嬉しい、健太郎君、私、とっても嬉しい。あなたが私の中にまだ入ってる……」
「痛くなかった?」
「ううん。思ってたより全然。って言うか、健太郎君優しすぎ」
「え?」
「だ、だって、セックスの時の男の人って、もっと乱暴だって思ってたから……」
「初めての女のコに乱暴できるわけないよ」
「きっと健太郎君、初めてのコでなくても、今みたいにすっごく優しくできるんだよね」
 健太郎は頭を掻いた。
「気持ち良かった。初めてなのに、とってもいい気持ちだった」
「そう、良かった。俺も君のことがさっきよりももっと好きになったよ。確実に」
「私、あなたを気持ち良くさせることなんてできなかったでしょ? 自分のことでいっぱいいっぱいだったもの」
「俺のこと、しっかり観察できた?」
「だめだった。それどころじゃなかった」春菜は赤面して小さく言った。
「そんなもんだよ、セックスって」
「私、気持ち良くて、身体が燃えるように熱くなって、我を忘れちゃってた」
「女のコはそれでいいんだ。オトコは女のコをそんなふうにさせる義務がある」健太郎は笑った。
「ごめんなさい。私、今度はちゃんと健太郎君に尽くすから……」
「焦らなくてもいいよ」健太郎は微笑んで春菜の目を見つめた後、額に軽くキスをした。「時間をかけて」

「時間をかけて……。そうだね。時間をかければ甘く、香りも良くなっていくんだね」

「え? 何のこと?」
「何でもない」春菜は眼鏡を外して目を閉じ、健太郎の胸に頬を寄せた。
「また俺の身体、描いてよ」健太郎が春菜の髪を撫でながら言った。
「うん。もちろん」
「今度は全部脱ぐよ、俺」
「ホントに? 嬉しい」春菜は顔を上気させた。「今度描く画は、さっき描いたのとは違うものになるよ、絶対」
「そう?」
「あなたの中にあるものが描けそうだもの」
「そうか。楽しみだね」


《5 初心者指導》

 夏休みが終わり、新学期が始まった。

 学校の生徒用玄関を出たところで、夏輝と修平は、ずっと先を歩いていた真雪に声をかけた。
「おーい、真雪っ」

 真雪はクラスメートのユウナとリサといっしょに振り向きもせず歩いて行く。

「おーいっ! そこのっ! シンプソン真雪ちゃあん!」
 リサが立ち止まり、真雪に言った。「天道くんと夏輝が呼んでるよ」
「知ってる」真雪はそのまま歩き続けた。
「何か急用みたいだよ、真雪」ユウナも立ち止まり、追ってくる二人を見て手を振って大声を出した。「なにー? どうしたの? 修平に夏輝」
「そ、そこのシンプソン嬢を引き留めてくれっ!」修平が焦ったように叫んだ。

 ぴたっ。真雪は直立不動で立ち止まった。「ごめん、ユウナ、リサ、先に帰ってて」
「え?」リサが言った。
「あたしたち、邪魔?」ユウナが言った。
「逆。あなたたちはここにいない方がいい」
「は?」
「あの二人に関わると、絶対、面倒なことに巻き込まれる。早くここから逃げて!」真雪は二人を追い立てた。「大丈夫、後で事の次第は話して聞かせるから。さ、早く!」

 ユウナとリサは慌ててそこから離れた。
 修平と夏輝は手を繋いで、息を切らしながら真雪を目指して走ってやって来た。真雪は眉をひくつかせて振り向いた。「なあに? 何か用? しゅうちゃんに夏輝」
「無視してさっさと歩かないでよ。冷たいなあ・・」夏輝が言った。
「あのね、」真雪はつかつかと二人に近づいた。「そんなやって二人で仲良く歩いている人たちに関わるのはごめんなの。わざとしらんふりしてたのがわかんないかな」
「へえ、気、遣ってくれてんだ」
「いや、迷惑だって言ってるの。それにしてもあなたたち、いっつも喧嘩してるくせに、いっつも一緒にいるんだね」
「ま、一応恋人同士だからね」夏輝が少し照れて言った。
「ごちそうさま。で、何か用だった?」
「頼まれてくれ、真雪」修平が妙に真剣な顔で言った。
「何を?」
「『海棠スイミング』のご夫婦を紹介してくれないかな、正式に」
「え? ケンジおじとミカさんを?」
「俺たち二人、今深刻な悩みを抱えている」
「し、深刻な悩み?」
「あのご夫婦にご相談申し上げたいことがあるんだよ」夏輝もいつになく真面目な目で言った。
「い、いいけど、どんな悩みなの?」
「聞きたい?」
「言いたくなければ別に」真雪は冷たく言って背を向け、歩き始めた。
「あーっ、真雪っ、」夏輝が真雪の袖を引っ張って引き留めた。「ごめんってば。言う、言うよ」

 手を放した夏輝の代わりに修平が真雪の手を引いて、自転車置き場の隅に連れ込んだ。
「何、何なの? いったい……」
「俺も、夏輝も、いまだにエッチの仕方がわからねえんだ」
「ええっ!」真雪は驚いて大声を上げた。「な、何よ、それ!」
「キスさえまともにできねえ。もう切実だ」
「だからさ、」夏輝が真雪の耳に口を寄せた。「あのご夫婦に指南していただきたくて……」
「そ、そんなこと、頼めるわけないよ」
「じゃああんたが教えてくれる? 経験済みなんでしょ?」
「なっ! なんてことを!」
「違うの?」
「な、なんであたしが経験済みなのよっ!」真雪は真っ赤になって早口でまくし立てた。「なにを根拠にそんな!」
「だって……。あんた最近すっごく可愛くなってきてるし……。ひょっとしたら彼氏がいて、毎晩のように可愛がってくれてるんじゃないか、って思ったんじゃん」
「そっ、そんな、変な想像しないでよっ! 毎晩なんて身が持たないよ!」

「身が持たない?」修平が真雪の最後の単語に食いついた。

 夏輝が上目遣いに真雪を見て言った。「やっぱり可愛がってもらってるんじゃん」
「と、とにかくっ、」
「じゃあ、紹介してくれる?」
「い、一応、訊いてみるよ、ミカさんに」
「ほんとに?」
「だめだったら諦めなよ」
「やったー、ありがとう、真雪」
「よっしゃあっ! これで俺たちもやっと満足できるエッチができるってもんだな、夏輝」
「しゅうちゃんっ!」真雪がまた叫んだ。「露骨すぎだよ」



 9月になって、朝晩の暑さは少し和らいだとは言え、日中はまだ真夏並みの暑さが続いていた。それでも外ではツクツクボーシが鳴き交わしている。

 土曜日の午後。海棠家。修平と夏輝は二人揃って案内されたリビングのソファにも座らず、床に正座して頭を下げた。
「先生方っ!」
「よろしくお願いしますっ!」

 ミカとケンジは顔を見合わせた。

「いきなり何なんだ。とにかく、二人とも、ちゃんとソファに座りなさい」ケンジが言った。
「そうだ。何だかあたしたちがあなたたちを叱りつけてるみたいじゃないか」ミカも言った。

 ケンジの横で真雪が困ったような顔をしてジンジャーエールを飲んでいる。

「じゃ、失礼します」修平が立ち上がり剣道の試合の後のように一礼すると、夏輝に手を貸し同じように立たせて、ミカとケンジに向かい合ってソファにちょこんと腰掛けた。
「で? あたしたちに何の相談?」ミカが言った。
「えー、言ってないの? 真雪」夏輝が軽く抗議した。
 真雪は夏輝を指さした。「自分たちで言って!」

 真ん中に座ったケンジはコーヒーカップを口に持っていった。
「エッチの仕方を教えてください!」
 ぶぶーっ! ケンジがコーヒーを噴き出した。げほげほげほげほっ! 「な、何だって?!」
「あたしたち、つき合い始めてもう二か月になろうってのに、まだ満足にエッチができないんです」
「このままでは、性の不一致で破局を余儀なくされてしまうんです」

 ケンジの横で真雪はばつが悪そうにまたジンジャーエールのストローを咥えた。

「そ、そんな相談のために、わざわざうちへ?」ミカが言った。「っつーか、なんであたしたち?」
「お、俺、」修平が顔を赤らめながら言った。「ミっ、ミっ、」しかし次の言葉が出てこない。しびれをきらして夏輝が言った。「修平、ミカさんに憧れてるんです。兼ねてから抱きたいって思ってるらしいんです」
「それにっ!」修平が顔を上げてすかさず言った。「こ、こいつはケンジさんになら抱かれてもいい、ってこないだ言ってました」
「だからっ!」夏輝だった。「あたしたちのために、あなた方のセックスの様子を見せていただきたいんですっ!」

 ケンジはコーヒーカップを手に持ったまま固まって額に脂汗をかいていた。
 ミカは眉間に皺を寄せて目をつぶり、腕組みをしていた。

 部屋の中に沈黙が流れた。

 ケンジの横の真雪は丁度ジンジャーエールを飲み終えたところだった。ずるずるっ! ストローが底に残った水分と空気を同時に吸って派手な音を出した。真雪は自分が出したその音にびっくりして、静かに口を離し、グラスをテーブルにそっと置いた。

「若者の将来を案ずれば……」ミカが静かに言った。
「お、お、おまえ、どうする気なんだよ!」ケンジが大声を出した。
「仕方ない、引き受けよう」
「ほ、ほ、本当ですか?!」修平も夏輝も顔を輝かせた。
「見せてやろう。本物のセックスを」
「えええっ!」ケンジが叫ぶ。

 真雪もひどく動揺しながら修平たちと海棠夫婦を交互に見た。

「明日の夕方、『海棠スイミングスクール』で決行する。閉館の時刻18時きっかりにロビーに集合。いいな」
「はいっ!」二人が叫んだ。
「決行って……、本気かよー」ケンジは情けない声を上げた。


「ご、ごめんね、ケンジおじにミカさん」修平たちが帰った後、真雪がとてつもなく申し訳なさそうな顔で言った。「あたしもまさかこんなことをあの二人から頼まれるなんて、思ってもいなかったから・・・・」
「いいさ。これからの人生に必要なことだよ。ある意味」
「で、でも、俺、緊張してうまくできないかもしれないぞ」ケンジがおろおろしながら言った。
「大丈夫。そんなこともあろうかと、スクールのプールサイドを選んだんだ」
「プ、プールサイドでやるの?!」真雪が驚いて訊いた。
「ケンジはね、ちょっと変わったシチュエーションだと燃え方が違うんだよ」
「そ、そうなの……」真雪は赤面した。
「それはそうと、今の女の子、どっかで見たことのある顔だったな。夏輝ちゃん、だっけ?」
「あ、俺も。俺もそう思ってた」
「それに、あの屈託のないしゃべり方……」
「え? でも初めてでしょ? 夏輝に会ったの。スクールでも会ったことはなかったはずだけど……」
「あの子の名字は?」
「『日向(ひむかい)』。日向夏輝だよ」

「『日向』?」ケンジとミカは思わず顔を見合わせた。

「知ってるの?」
「い、いや、たぶん偶然だろうけど……」
「俺たちの大学の水泳サークルに日向っていう先輩がいたんだ。ミカの同級生」
「丁度今の夏輝ちゃんみたいに明るい娘でね。あたし、とっても仲良しだったんだよ。三年で中退しちまったけど……」
 ケンジが懐かしそうに顔を上げて言った。「日向陽子がフルネーム。俺は陽子先輩って呼んでた」
「ええっ?!」
「どうした、真雪」
「彼女のお母さん、『陽子』って名前だよ」
「ほ、本当か? でも結婚してるんだろ?」
「ご主人が改姓したって聞いた」
「じゃ、じゃあ、今のは陽子の娘?!」



 明くる日の夕方18時前15分。海棠スイミングスクールのロビーに修平と夏輝は並んでそわそわしながら立っていた。

 ミカが入り口のドアに鍵をかけ、シャッターを下ろした。
「さてと。もうちょっと待ってて。いろいろ片付けてくるから」
「はい」
「俺たち、ここで待ってます。いつまでも」
「二階の観覧席に行っててくれる?」
「え? あ、はい。わかりました」修平は夏輝の腕を掴むと走り出し、階段を二人揃って二段飛ばしで駆け上がって行った。

 ケンジはプールサイドで網のついた長い竿を使って水に浮いた小さなゴミをすくい取っていた。最後のクラスが終わってすぐなので、彼は小さな競泳用水着姿のままだった。観覧席にやってきた二人は、並んで座り、その様子を見ていた。

「いつ見てもセクシーな身体。あたしもうくらくらきちゃう」
「俺の身体はどうなんだ? 夏輝」
「あんたを見てくらくらするのは、剣道着を着て試合をしてる時だけ。今んとこ」
「エッチの時もくらくらしてくれよ」
「しっかり見て、勉強しようね、修平」
「おう」

 プールとプールサイドを照らしていた灯りが一つずつ消されていった。そして天井に下げられた電灯のうち一灯だけが残され、あとは全て消灯した。プールサイドの一角の狭い範囲だけがその灯りに照らされた。丁度その灯りの下に、三畳分ほどのマットが敷かれていた。

 ミカがジャージ姿でプールサイドに現れた。
「おーい、修平に夏輝、どこにいる?」ミカは額に手をかざして観覧席を見回した。
「ここです、ここ!」夏輝は大きく手を振って応えた。
「おお、そこか。近くに来なよ。よく見えるように」
「はいっ!」夏輝と修平は観覧席を移動し、明るくなっているプールサイドのすぐ近くまでやってきた。
「まるで手に取るように見えそうです。よろしくお願いしまーす!」修平が言った。
 一度更衣室に消えたケンジが、スウェットの上下を身につけてやってきた。そしてミカに近づくと、小声で言った。「本当に、ここでやるのか?」そして観覧席の二人を見た。
「そうだよ。燃えるでしょ? ケンジ」
「ううむ……何と言うか……。か、かなり異常な状況だが……」
 ケンジは観覧席の下に目をやった。「しかも、見てるやつがもう一人……」
 カメラを左手に持ってそこに片膝を立てて座っている龍が、にこやかな顔で右手を小さく振った。もう一度ケンジは観覧席を見上げた。夏輝と修平は揃って観覧席から身を乗り出した。


 マットの上で、ケンジとミカは立ったまま見つめ合った。ケンジはゆっくりとミカの肩に手を置き、顔を近づけた。そうしてそっと唇を重ねた。ミカは目を閉じた。
 最初、かすかに唇を触れ合わせただけだった二人は、次第にそれを強く押し付け合い、激しく吸い始めた。時折「んっ、」とミカもケンジも小さく呻いた。ケンジとミカはお互いに口を開き、舌を絡ませ合った。そしてまた唇を吸った。いつしかミカの手はケンジの首に回され、ケンジはミカの背中に手を回していた。二人の身体は密着し、長い間情熱的にキスを続けた。


「すげー!」修平が言った。
「素敵。映画観てるみたい……」夏輝もうっとりしたように頬を赤らめてつぶやいた。
「キスって、ああやるんだな……」
「覚えててね、修平」
「でもさ、なんで二人とも服着たままなんだ? ケンジさんなんて、水着だけだったのに、わざわざスウェット着てるし」
「きっと、脱がせ合うんだよ」
「えー、そんなのかったりーじゃんか。どうせ脱いでエッチするんだろ」


 ケンジはミカをマットの上に横たえた。そしてまた二人は唇を重ね合った。キスを続けながらミカは、上になったケンジのシャツの裾から手を入れ、ゆっくりとめくり上げた。唇を離したケンジは身を起こし、そのシャツを脱いだ。ケンジの逞しい上半身が露わになった。
 ケンジはミカのシャツに手を掛けた。そして同じように裾をめくり、脱がせた。ミカはスポーティなブラジャーを身につけていた。ケンジはミカの乳房の谷間にブラジャー越しに顔を埋めた。そして手を彼女の背中に回した。すぐにぷつっ、という音と共にブラジャーが緩み、それはケンジの手によって取り去られた。
 ケンジはそのまま乳房を片手でさすり、もう片方の乳首を咥えた。「あん!」ミカが小さく叫んで仰け反った。ケンジはそうして二つの乳房を交互にさすったり乳首を吸ったりした。時折軽く唇や歯で噛んだり、指で乳首を挟み込んで刺激したりもした。その度にミカは身体をよじらせ、喘いだ。


「ああやるのか……」修平が腕を組んで大きくうなずいた。
「おっぱいいじるのって大切なんだね」
「おまえ、感じるのか? おっぱい」
「自分でやってもくすぐったいだけ。今度やってみてよ、いろいろ」
「わかった」


 ケンジはミカの乳房から手と口を離し、身を起こした。そして穿いていたショートパンツを脱いだ。黒いビキニの下着姿になったケンジはミカのズボンを脱がせた。ミカはTバックのショーツを穿いていた。


「おおっ! ティ、ティーバックっ!」修平がさらに身を乗り出し、目を剥いて叫んだ。
「かっこいいねー」
「お、俺、買ってやるから、おまえ、穿いてくれよ、今度」修平は鼻息を荒くした。
「へえ、オトコってあんなのに興奮するのかー。知らなかった」夏輝は妙に感心したようにつぶやいた。


 ケンジは下着姿のまま、ミカの脚を開き、身を重ねた。そして二人は秘部をそのままこすりつけ始めた。「う……」ケンジが小さく呻いた。ミカも息を荒くして喘ぎ始めた。


「え? あれじゃ入れられないだろ?」
「でも、二人とも感じてるね」


 ミカはケンジの背中に手を回し、口をケンジの口に押し当てた。そして激しく吸った。ケンジもそれに応え、ミカの唇をむさぼるように舐め、吸った。二人の腰の動きが激しくなってきた。

 二人の口が糸を引いて離れた。
「あ、あああ……」ミカが声を出した。「ケンジ……」

 ケンジはキスから唇をミカのうなじに這わせ、そのまま乳首、へそ、と移動させた。そしてミカのショーツに手を掛けて、ゆっくりと下ろし始めた。そのまま彼は口をミカの股間に深く潜り込ませた。「ああっ!」ミカが叫んだ。
 ミカのショーツを取り去ったケンジは、あらためてミカの脚を開き、秘部に顔を埋めた。そして舌でクリトリスと谷間を執拗に舐めた。「んあああ……」ミカが身体をよじる。ひとしきりケンジはその行為を続けた。

 やがてミカがケンジの頭に手を伸ばした。ケンジは起き上がった。そして膝立ちになった。
 ミカも身を起こすと、腹ばいになってケンジの腰に手を回し、黒いショーツを下げ始めた。そして勢いよく飛び出し、跳ね上がった彼のペニスを両手でそっと包み込み、さすった。ケンジは顔を上げ、目を閉じ、その快感を味わい始めた。やがてミカはケンジのペニスに舌を這わせ始めた。


「お、俺、こ、こ、興奮してきたっ!」修平が自分の股間に手を当てて息を荒げた。
「あ、あたしも……」夏輝も同じようにミニスカートの上から秘部を手で押さえた。


 ミカの口がケンジのペニスを吸い込み、唾液まみれにして、大きく出し入れをし始めた。「んっ、んっ、んっ……」「あ、ああああ、ミ、ミカ……」ケンジが呻いた。ひとしきりその行為が続けられた後、彼はおもむろにミカの口からペニスを抜き、身体をぎゅっと抱きしめ、また熱いキスをした。そのまま荒々しく彼女を仰向けに押し倒し、ケンジは腕をマットについてミカの目を見つめた。二人ともはあはあと大きく荒い呼吸を繰り返していた。

「入れて、ケンジ」
「うん」

 ミカは脚を自ら大きく広げた。ケンジはそのままペニスの先端をミカの谷間に押し当てた。

「君に入るよ、ミカ」
「うん、きて、ケンジ……」

「んっ!」ケンジは小さく呻いてペニスをミカに挿入し始めた。ゆっくりと、ゆっくりとその時間を愉しむように、ミカの身体を慈しむようにケンジはミカと繋がり合った。
「あ、あああ、ケンジ……」ミカがケンジの首に手を回した。すると、ケンジは始めはゆっくり、そして少しずつ腰の動きを速くし始めた。「あ、あ、ああああ……」ミカが喘ぐ。「んんっ、んっ、んっ、」ケンジも呻きながらその逞しいペニスをミカに出し入れした。

「ケ、ケンジ、ケンジ! あ、あたしっ!」
「お、俺も、もうすぐ、ミカ、ミカっ!」

 ケンジの腰の動きに合わせて、いつしかミカも身体を大きく揺さぶっていた。二人の全身には大粒の汗が大量にまつわりついていた。

「ああ、ああああっ、ケンジ、ケンジっ! イ、イ、イく・・イくっ!」びくびくびくっ! ミカの身体がひときわ大きく揺れた。

「ぐうっ!」ケンジの喉から絞り出すような呻き声。そして、
 びゅるるっ!
「ああああっ! ミカ、ミカ、ミカあっ!」びゅるっ、びゅくびゅくびゅくっ、びゅるるっ!
 二人の身体が痙攣し始めた。

「ケンジっ! ああああああ、イってる、あたし、イってるっ!」「ミカっ! うああああああ!」二人の声が広い室内プール場に響き渡った。


 修平と夏輝は同じように自分の股間に自らの手を当てたまま、二人とも口を半開きにしてミカとケンジのフィニッシュを微動だにせず凝視していた。夏輝の口から一筋の唾液が糸を引いて床に落ちた。


 汗にまみれ、大きく荒い呼吸を続けながら、それでも口元に笑みをたたえてミカとケンジは見つめ合っていた。

「ミカ……」ケンジは挿入したまま脚を絡め、ミカを抱きかかえて横向きになると、再び静かに唇を合わせた。

「ケンジ……」ミカはケンジの頬にそっと手を置いた。「気持ち良かった……。満足したよ、今日も」
「そうか。俺も……とっても良かったよ、ミカ」ケンジはミカの髪を撫でながら言った。ミカは目を閉じた。


「かっ、かっ、かっこいー……」修平がようやく口を開き、仰け反った。
「素敵っ! 素敵すぎる……」夏輝も言った。


 修平と夏輝は興奮冷めやらない様子でプールサイドに降りてきた。ミカとケンジはすでに着衣の状態に戻っていた。

「どうだった? 二人とも」
「も、も、もう俺、完全にお二人のファンになっちまいましたっ! サイン下さいっ!」
「あ、あたしもっ!」
「まったく、恥ずかしいったらありゃしない……」ケンジが頭を掻きむしって照れた。「人に見られてセックスするのは、やっぱり緊張するよ」
「でも、ケンジ、いつもあんな感じだよ」ミカが言った。
「そうなんですね」
「で、何か得るものはあった?」
「そりゃもう! 得るものだらけです」
「さっきのあなた方のやり方を真似て、やってみます」
「真似するのか?」ケンジが言った。
「はい。俺、ケンジさんの服の脱がせ方や、キスやなめなめ、真似してやってみます」
「ま、ケンジの真似してセックスしてりゃ、間違いはないね」ミカが言った。
「あたしたちのエッチとは全然違ってたよね」
「もうすげーよ、俺の中のエッチのイメージが180度変わった」

「何だか、あたしたちもやってみたくなっちゃったね。今すぐにでも……」夏輝が言って赤くなった。横で修平も赤くなってこくこくとうなずいた。
「ここでやってみる?」
「えっ?!」
「あたしたちみたいに、ここで二人で練習してみる?」
「い、いいんですかっ?!」修平が叫んだ。
「じゃあ、今度はあたしとケンジが上から見ててもいいかな?」
「も、もちろんですっ!」夏輝が言った。「光栄です。ご覧になった後、いろいろとご意見をください。その内容を反省材料にして、後でミーティングで分析しますから。お願いします」
「お願いしますっ!」修平も頭を下げた。
「な、なんだよ、ミーティングって」ケンジが呆れて言った。
「冗談だよ、見やしないよ。二人だけで楽しみな。あたしたちスタッフルームにいるから、終わったらおいで」

 歩きかけたミカが振り返った。「そうそう、ゴム、使う?」
「い、いえ、今は大丈夫な時期なので、結構です」夏輝はちょっと恥ずかしそうに言った後、ちらりと修平を見た。
「そ」

 ミカとケンジは小さく手を振りながらプール場のドアを出て行った。


《6 実技演習》

 夏輝はポニーテールをおろし、プールサイドのマットに立った。そして修平と向かい合った。

 修平は夏輝の頬を両手で包み込み、そっと唇を重ねた。夏輝は小さくビクン、と身体を硬直させた。その拍子に二人の歯がぶつかりカチリと音がした。「ご、ごめん、」「いいよ」

 修平は口をとがらせて慎重に再び夏輝の唇を吸った。そしてそっと舌で彼女の唇を舐め始めた。
「んん……」夏輝は小さなうめき声を上げた。そして彼女も舌を修平の口の中に差し込んだ。いつしかお互いの舌が絡み合い、二人の口から唾液が溢れ始めた。

 夏輝は修平のシャツの裾を持ち上げた。修平は口を離し、夏輝の目を見つめながら自分でシャツを脱ぎ去った。修平の引き締まった上半身が露わになると、夏輝は今にも泣き出しそうな顔でため息をついた。
「修平……。素敵、あなたの身体も。あたし、くらくらしちゃう」

 よっしゃあっ、と修平は思った。

「夏輝……」修平は夏輝のシャツに手をかけた。夏輝自身の手を取らせることなく、それを脱がせた。真新しい水色のブラジャーに守られた乳房を見つめていた修平は、堪らなくなって思わずその大きな手でブラ越しに二つのそれを握りしめた。「いっ!」夏輝が顔をゆがめた。

 修平は思わず手を引っ込めた。「ご、ごめん、夏輝、痛かったか?」
「ちょっとだけ……。ワイヤーが当たって……」
「ワイヤー?」
「いいの、後で教えるよ。外して、修平」
「う、うん」

 修平は夏輝の背中に手を回し、ブラのホックを手探りした。ホックはすぐに見つかったが、なかなか外すことができないでいた。夏輝が右手を背中に回した。そして修平の手を取ろうとした時、ぷつっ! ホックがはずれた。夏輝の乳房が解放され、ぷるん、と揺れた。

 修平はごくり、と唾を飲み込んだ。
 夏輝は自分でブラを腕から抜き去った。修平は思わず彼女の身体をぎゅっと抱きしめた。
「ああ……修平……」夏輝がうっとりした声を上げた。

 修平は夏輝の身体をマットに仰向けに横たえた。そして彼は露わになった夏輝の乳房をもう一度見つめた。白くて、丸くて、肉まんのようだ、と思った。

 修平は静かに口を近づけ、舌先で夏輝の左の乳首をちょっとだけ舐めた。

「んふ……」夏輝が小さく言った。
「(『んふ』?)」修平は心の中で眉をひそめた。

 今度は彼女の右の乳首を同じように舐めてみた。

「ひゃはっ!」
「(『ひゃはっ』? 何だか様子が変だ。さっきケンジさんがミカさんのものを同じようにした時は『あん!』という反応だったはずだが……。)」

 もう一度修平は右の乳首を舌先でちろちろと舐め始めた

「ひゃはっ! ひゃはははは! や、やめてくれっ! 修平。く、くっ、くすぐったい! あははははははは!」

 ガラガラガラ……。盛り上がりかけていた甘いムードが跡形もなく崩れ去ってしまった。
「お、おまえ、なっ! なんだよ! 『ひゃはは』じゃねえだろ! 雰囲気ぶち壊しじゃねえかっ!」
「し、しょうがないだろ! ほんとにくすぐったいんだから。あたしだってめっちゃ我慢してたんだからね。くくくく……。あはははは、あー、くすぐったいくすぐったい!」夏輝は自分の乳房を両手で乱暴にさすった。

「(な、何が違うんだ……。)」修平は実際に眉をひそめて真剣な顔で悩み始めた。
「修平が子犬みたいにぺろぺろ舐めるからいけないんだ。ケンジさんみたいにがぶっといってよ、がぶっと」
「『がぶっ』? ケンジさん、そんな勢いだったか?」
「とにかく、あたしにはがぶっ、でいいの。そっちの方がきっと感じるから」
「わ、わかった。やってみる。しょうがねえなー、最初からやり直しだな」
「最初?」
「キスだよ、キス」
「ああ、それは感じる。修平のキスは好き。いい考えだ」

 夏輝は唇を突き出して目を閉じた。

 修平はちょっと呆れて一つため息をついた後、ゆっくりと夏輝の身体に覆い被さり、優しく唇同士を重ねた。「んんん……」夏輝が甘い声で呻いた。「(よしっ!)」修平は再び手応えを感じ始めた。

 ひとしきりキスを続けて、とりあえずムードが高まってきたところで、修平は身を起こし、自分のデニムのハーフパンツを脱いだ。小さく張り付いた蒼いボクサーショーツの前は大きく膨らみ、その下の方にはぬるぬるのシミが広範囲に広がっていた。

 修平はひざまづき、夏輝の短いミニスカートをゆっくりと脱がせ始めた。彼女のショーツはブラとお揃いの水色のビキニだった。修平は次第に息を荒くし始めた。

「な、夏輝、きれいだ、おまえの身体……」
「嬉しい……。修平……」
「と、特にこの脚が……」

 スカートを脱がせ終わった修平は夏輝の太股に手を当て、頬ずりしながら優しく撫でた。

 何度も撫でた。

 ずっと撫でていた。

「……そろそろきて、修平」夏輝は両手を伸ばした。「え? あ、ああ、そうだな」修平は静かに自分の身体を夏輝に覆い被せた。夏輝が両脚を広げたことを確認すると、修平は下着越しに自分のペニスを夏輝のショーツにこすりつけ始めた。
「ああ、いい、いい気持ち、修平、あああ……」
「お、俺もだ、夏輝、夏輝……。や、やばいっ!」修平はいきなり身を離した。そして膝立ちをしたままボクサーショーツ越しに自分のペニスを握りしめた。「んっ……」修平は目をしっかりと閉じ、苦しそうな表情でじっとしていた。

「ど、どうしたの?」夏輝は心配そうに起き上がり、修平の腰に手を当てた。
「さっ! 触るな、夏輝!」修平は大声を出した。
「え?」夏輝は驚いて手を離した。
「い、今は触るな、頼むから……」

 しばらく息を止めていたらしい修平は、大きく息を吐き出した。「ぶはあーっ!」

「ねえ、どうしたの? 急に」
「あやうくイっちまうとこだった……」
「え?」
「意外に興奮しやがるな、穿いたままでも」
「持ちこたえられた?」
「な、何とかな……」

 修平は夏輝をもう一度寝かせて、ショーツに手を掛けた。「いいか? 夏輝」
「うん」

 修平はそのまま夏輝の小さな水色のショーツを脚から抜いた。夏輝は思わず両手で秘部を隠した。「ちょ、ちょっと恥ずかしいよ、やっぱり……。あ、あんまり見ないで・・・・」
「大丈夫。どっちみちいつまでも見てるだけじゃ済まねえよ」
「や、優しくしてね、お願い……」

 生まれて初めて聞いたその夏輝の消え入りそうな声に修平は胸がきゅんとなってしまった。

「安心しろ、乱暴はしねえから……」修平も自分なりに今までで最高に優しく言った後、秘部を覆っていた夏輝の手を取りそっとどけた。そして静かに口を夏輝の愛らしい茂みに埋めた。「ああ……」

 修平はゆっくりと夏輝の谷間とクリトリスを舐め始めた。「あ、ああ、修平、これいい、いい気持ち、とっても、いい……あああああ」夏輝は目を閉じ、苦しそうな顔でその快感に身を任せた。修平の舌に谷間の内側の粘膜が絡みついた。そこは次第に潤い始め、一生懸命奉仕している修平の口の周りまでたっぷりと濡らした。

「ああ、ああああん、修平、修平っ!」

 修平は口を離した。そしてまた膝立ちになった。夏輝はゆっくりと身体を起こした。

 修平は夏輝の動きを目で追った。そしてごくりと唾を飲み込んだ。夏輝の手が彼のぴったり張り付いたボクサーショーツに伸ばされたからだった。

 夏輝は修平の穿いていたそのショーツを脱がせようとした。しかし、あまりにピッタリと張り付いていて、なかなか下に下げることができなかった。
「な、なんでこんなパツパツなの穿いてるんだよっ」
「このぐらい締まってた方が、気持ちも引き締まるんだよ」
「脱がせっ、られないっ、でしょっ!」夏輝はいつしか必死になってそれを引きずり下ろそうとしていた。「ちょっと手伝ってよ」

 結局修平が自分でショーツを下げた。その途端、大きくペニスが跳ね上がり、修平の腹にべちっと当たった。
 透明な雫が糸を引いて飛び、夏輝の頬に付着した。
「やだっ!」夏輝はとっさに身を引いた。「な、何これ? 修平、もうイっちゃったの?」
「ち、違えよ。それはな、こ、興奮すると出てくる液だ。何つったっけ……」
「液?」

 修平のペニスは天を指したままびくんびくんと脈動していた。
「こ、こんなに大きいの?」
「そ、そうだよ、悪いか」
「それに、勝手に動いてるし、先からその液いっぱい出てるし……」夏輝はちょっと怯えたように言った。「こ、こんなのが、あたしの中に?」

 夏輝はそれをじっと見つめていた。
「あ、あんまりガン見するなよ。は、恥ずかしいだろ……」
 しばらく固まっていた夏輝は、出し抜けに修平のペニスをその口に頬張った。「んぐっ!」
「ばっ! ばかっ! い、いきなり何するんだ! あ、ああああっ!」

 夏輝は覚悟を決めたように両手でしっかりとペニスの根元を掴んで、口を前後に動かし始めた。

「やっ、やっ、やめろおーっ!」修平は叫んで乱暴に身を引き、その場から逃げ出した。
 マットの上にぽつんと一人取り残された夏輝は叫んだ。「な、何よ! なんで逃げるのっ?」

 修平は5㍍ほど後ずさって、プールサイドに立っていた。息は荒い。右手で怒張したペニスを握りしめ、左手で先端に蓋をしている。右足首には穿いていたボクサーショーツが引っかかったままになっていた。
「お、お、おまえの口に出すとこだったじゃねえかっ!」
「そ、それはいやだな……」
「も、もう咥えるの、いいよ。俺、すでに爆発寸前なんだよっ!」
「わかった。わかったよ修平。わかったからこっちに来なよ」

 修平は赤い顔をして夏輝が正座しているマットに戻った。
「そろそろフィニッシュにしようよ」夏輝がしおらしい表情で言った。
 修平も夏輝と向かい合い、正座をして言った。「う、うん。でも、おまえ、今ので醒めちゃったんじゃ?」
「もう一回、な、なめなめしてくれる?」
「よし。わかった。任せろ」

 修平はすぐに夏輝の股間に顔を埋めた。そしてさっきと同じように谷間とクリトリスに舌を這わせ始めた。「あ、ああん、い、いいよ、いい気持ち……」夏輝もすぐに感じ始め、愛らしい喘ぎ声を上げ始めた。

 修平はその行為をずっと続けた。すでに下着を脱ぎ去っている彼のペニスは大きく脈動し、勝手にのたうち回って手が着けられなくなっていた。同時に先端から糸を引く透明な液をあちこちにまき散らしていた。

「しゅ、修平、も、もう入れて、そこにあなたのを……」
「よ、よしっ、いくぞっ!」待ってましたとばかり修平はその言葉に即座に従った。彼は自分のペニスを手で掴み、夏輝の谷間にあてがった。そうしてゆっくりと挿入し始めた。「あ、ああああ、入ってくる、修平が、あたしの中に……あ、あああああ」夏輝は独り言のように言って喘いだ。

 間もなく修平の太いペニスが彼女の中に完全に埋め込まれた。「ううっ……。や、やっと入った……」修平は大きくため息をついた後、静かに言った。「き、気持ちいい……こ、これで・・・」そして彼は腰をゆっくりと動かし始めた。「んっ、んっ、んっ……」

 夏輝の息が次第に荒くなっていく。修平の身体も急速に熱くなっていく。いつしか修平は盛んに腰を前後に動かし始めていた。

「あ、あああ……夏輝、夏輝っ!」
「修平、修平ーっ!」

「はっ!」修平はいきなり目を大きく開き、夏輝からペニスを抜き去った。ぬるぬるになったそれは、また跳ね上がって腹にべちっと当たった。「やっ、やばいっ!」
「ど、どうしたの?」
「こ、このまま出したら、おまえを妊娠させちまう!」修平は青ざめて言った。
「修平っ! あんたどうしていっつもいいところで水を差してくれるかなっ!」
「だ、だってそうだろ? 今おまえの中に出したりしたら、俺、卒業してすぐ一児のパパになるんだぞ? いや、ケンタんちみたいに二児かもしんねえな。と、とにかく、そんなのまだ早いだろ?」
「ばか! いいの。今は。大丈夫な時期だって、さっきミカさんに言ったの、聞いてなかったのっ?」
「え? そうなのか?」
「あんた何にも知らないんだね。ほんとに、もっとオンナの身体のことを勉強しなよ。まったく」
「そ、それならそうと、俺に言えっ! お、俺だってこれでも気ぃ遣ってんだ!」
「悪かったよっ!」


 スタッフルームにはケンジとミカ、それに真雪、パソコンに向かっている龍もいた。

「遅いね、二人とも」真雪が壁の時計を見ながら言った。
「確かに」ケンジが言った。
「そんなに時間かけてやってるのかね」ミカがコーヒーカップを口に運びながら言った。「修平、若いからイっちまうの、早いはずなんだけどね」
「若いから二度目、三度目に挑戦してるのかもしれないぞ」ケンジもコーヒーを一口飲んだ。
「龍、おまえも早かったか? 最初は」ミカが訊いた。
 龍はパソコンのキーを叩きながら言った。「初めての時は僕、コンドームの付け方がわからなくて、失敗したんだ。『マユ姉』の身体に触ることもなく出しちゃった」
「そうだったか」ケンジが笑った。
「真雪、どうだった?」
「可愛かったよ。『龍くん』の反応が。でも、あたしもよくわかってなかったからね」
「で、無事成功したのは?」
「二度目」
「え?」
「失敗した後、悔しくて再挑戦して、めでたく、無事に結ばれました。僕と真雪」
「復活するの、早っ!」ケンジが言った。
「若いって素晴らしいね」ミカが言った。
「でも、その時は、正直何が何だか、よくわかりませんでした」
 真雪が龍を見てくすっと笑った。


 修平と夏輝は再び繋がり合っていた。
「ああ、ああ……、夏輝……気持ちいいよ、めっちゃ気持ちいい……」
「修平、大丈夫、何も考えずにイっていいから」
「う、うん。あ、お、俺、も、もうすぐ……」

「修平!」夏輝は修平の首に手を回して引き寄せた。「キスっ!」そして彼の口を自分の口で塞いだ。「んんんっ!」修平は呻いた。夏輝はそのまま彼の背中をきつく抱きしめ、自分の乳房に押し付けながら揺すった。修平の逞しい胸が自分の乳房と、敏感になっていた乳首を刺激し、夏輝の興奮はぐんぐん高まっていった。
「んんんっ! んんっ!」キスをしながら夏輝も苦しそうに呻いた。修平の腰の動きがさらに激しくなった。彼は夏輝の口から自分の口を離した。「あああああ! 夏輝! 夏輝っ!」夏輝はそれでも修平の背中を締め付けている力を緩めなかった。
「しゅ、修平! 修平っ! な、何か来るっ! あたしの中に! あああああああ!」夏輝の身体がびくびくと細かく震え始めた。「で、出る! 出る出るっ! 出ちまうっ!」修平が叫んだ。

 びゅるるるっ! びゅるっ!

「ああああっ! 修平っ! 来た、来たっ! 動いてるっ! 修平ーっ!」びゅるるっ! びゅくっ! びゅくっ! びゅくびゅくっ! 「夏輝、夏輝、夏輝夏輝夏輝っ!」

 修平のカラダの中にあった熱く沸騰したマグマが、何度も何度も夏輝の身体の中に豪快に発射され続けた。


 はあはあはあはあ……。二人はまだ大きく肩で息をしていた。

「さ、最高だったよ、夏輝……」
「あたしも、こんなに気持ちのいいこと、生まれて初めてだった。セックスって凄い」
「そうか」修平は破顔一笑した。「俺、嬉しいよ」
「そんなに?」
「おまえをイかせられっか、心配だったかんな」
「そんな心配してたんだ、修平」
「当たり前だ。オトコはいつでもイけるが、オンナはそうはいかねえんだろ? 射精するわけでもねえし」
「そりゃそうだ。でも、」夏輝はまた修平の首に手を回して額同士をくっつけて言った。「あたしもちゃんとイけたみたい」
「そうか」
「一人エッチの時と比べてどうだった?」
「俺、もう一人でやっても満足できねえ。お前のカラダじゃねえと……」修平はそのまま夏輝にキスをした。

「好きだ、夏輝」
「あたしも、修平」



「どうだった? ミカさん」
 スタッフルームに戻ってきたミカに真雪が訊いた。
「とってもいい雰囲気だったよ。あたしがチラ見した時は、もう終わった後のクールダウンの段階だったけどね」
「そうか。どうやらうまくいったみたいだな」ケンジが満足そうに言った。

「プリントできたよ」龍が振り向いた。手にはLサイズの写真数枚が握られていた。
「お、できたか、どれどれ」ミカがそれを受け取って一枚ずつ見始めた。「へえ、なかなかじゃん。さすが龍」
「龍もこっちに座りなよ」真雪が言った。「新製品のチョコ、食べてみて」
「うん」龍はパソコンをシャットダウンして椅子から立ち上がり、ミカたちの囲んでいる丸いテーブルの真雪の横に腰掛けた。

「ほら、ケンジ、見てみなよ。きれいだよ、とっても」ミカが言った。
「な、何だか恥ずかしいな……」
「いやいや、なかなかだって」ミカが無理矢理ケンジにその写真を手渡した。
 ケンジは赤面しながらそれを見た。「や、やっぱり恥ずかしいよ……」
「あたしも見たい。ケンジおじ、見せてよ」
「え? み、見るのか?」
「いいじゃない」ミカが微笑みながら言った。

 その数枚の写真を受け取った真雪は、一枚ずつ丁寧にそれを見た。「ほんと、きれいだね。大人の雰囲気全開。あたしたちのセックスでは絶対に出せない雰囲気だよね、龍」
「真雪もさらっと大胆なこと言うよなー」チョコレートに手を伸ばしながら龍が言った。

 コンコン……。その時、ドアがノックされた。「どうぞー」ミカが言った。真雪は持っていた写真の束をミカに返した。

 修平と夏輝が赤い顔をして、恐る恐るドアを開け、中に入ってきた。
「あれ? 真雪?」
「それに龍くんも」
「こんばんは」龍が笑って手を振った。
「なんで二人がここに?」
「まあ、お座り。二人とも」ミカが修平と夏輝に椅子を勧めた。
「どう? うまくいった?」
「はい。何とか」
「いろいろ失敗や戸惑いも山ほどありましたが、結果オーライということで……」
「なんだ、それ?」ケンジが言った。
「お二人のお陰でやっと俺たちもまともなエ、エッチ……!」修平が向かいの椅子に座っている龍に気づいて口を押さえた。「やばっ!」
「どうしたの?」
「え? こ、こんなこと、中学生の龍の前では……」
「大丈夫。龍には免疫がある」ミカが言った。
「免疫?」
「詳しくは話せないけどね」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんです」龍がチョコレートを口に入れながら言った。
「で、でも、真雪が……」
「ああ、真雪にも免疫があるから大丈夫。気にしないで」コーヒーカップを片手に笑いながらミカが言った。
「やっぱり?」夏輝が真雪に顔を向けた。
「もう、ここだけの話にしといて。誰にも言わないでね」真雪は小声でそう言って、両手を合わせて夏輝を拝んだ。

「でも、無事に問題なくできたんなら、良かったじゃない」ミカが二人に向き直った。
「はい。お陰様で」
「あたしたち、今まで何が悪かったんでしょうか?」夏輝がミカに訊いた。
「単なる経験不足でしょ」
「そ、そうですかね……」修平が言った。
「あなたたち、って言うか、特に修平は、今までエッチの時、自分が興奮して出すことだけを考えてたんじゃない?」
「え?」
「オトコってのは、」ケンジが口を開いた。「一人でも簡単にイけるし、女のコの裸を目の前にすれば興奮する。そして早く出したい、って思う動物だ。そうだろ?」
「確かにそうです」
「今夜、修平君がこれまでと違っていたことがあったとしたら、」ケンジが微笑みながら続けた。「好きな夏輝ちゃんをどうしたら気持ち良くすることができるか、って考えてたこと」
「あたしたちの行為を見て、いろんなテクニックを使うことが、結果的に夏輝を満足させたってことだったわけだ。でも、」ミカが言葉を切って修平に身を乗り出した。「それは修平が夏輝を好きじゃなきゃできなかったこと。だから、夏輝は精神的にも満足できた」

「そうなのか? 夏輝」修平が夏輝に顔を向けた。
「うん。満ち足りた」

「夏輝が満足すれば、当然修平も満足するでしょ? 身体だけじゃなく、気持ちも」
「そ、そうですね」
「セックスなんて、やり方が決まってるわけじゃくて、二人がお互いを好きなら、好きなようにすればいいんだよ。必要なのはお互いがお互いを『好きだ』っていう気持ちだけ。極論すればそうなるね」ミカはコーヒーをすすった。

「チョコレートどう?」真雪が二人に皿に盛られた小さくいびつなチョコレートを勧めた。
「これは?」
「あたしん家のこの秋の新製品。マロン・チョコ」
「へえ」夏輝はそれをつまんだ。
「中の栗を加工するのに二週間もかかる高級チョコレートなんだよ」
「そんなに?」
「そう。じっくり時間をかけて、甘く、芳醇な香りになっていく。お酒もちょっとだけ入ってるよ」

「おいしい! すごくおいしい。修平も食べてみなよ」夏輝は修平にそのチョコを一つつまんで手渡した。
「セックスも同じだ」
「え?……同じ?」
「好きな二人が時間をかけて経験を重ねれば甘く、かぐわしくなっていく、ってもんだよ。人を酔わせる要素も入ってるしね」

 修平もそのチョコレートを口に入れた。「ほんとだ、ただ甘いだけじゃなくって、すごくいい香り……」

「そうそう、二人にプレゼント。っつーか、記念品」ミカが写真の束を二人に手渡した。
 修平がそれを受け取り、見た瞬間、「おおっ!」大声を出した。「こっ、こっ、これはっ!」
「何、なに? 何の写真?」夏輝もその写真をのぞき込んだ。

 それはケンジとミカのさっきのシーンを撮ったものだった。

「す、すげえ!」
「かっこいい!」

 二人は食い入るようにその写真を見続けた。まるでスポットライトに照らされてケンジとミカが抱き合っているところから、濃厚なキス、ケンジのミカの乳房への愛撫、ミカのフェラチオ、ケンジのクンニリングス、二人が繋がる瞬間、そしてフィニッシュ。

「ま、まるで映画のシーンみたい……」
「そうか、それで時々シャッターを切る音がしてたんだ。で、でも誰が撮ったんすか?」修平が顔を上げた。
「こいつだよ」ミカが顎で龍を指した。
「ええっ?!」修平と夏輝は同時に大声を出した。「りゅ、龍が?!」
「な、なんという強烈中学生!」
「君たちも撮ってもらうか?」ミカがにやにやして言った。
「え、え、遠慮しときますっ!」


《7 好みと趣味》

 『シンチョコ』の喫茶スペース。ミカとケンジの前に日向陽子が座っていた。

「ほんっとに久しぶり、元気だった?」ミカが言った。
「ありがとう。元気だよ」陽子は笑った。
「しっかし、びっくりしたよ、あんたがこんな近くに住んでたなんてね。しかも、それが姪っこの親友夏輝の母親だったなんて」
「うちのおきゃん娘がずっと世話になっちゃって」
「あんたにそっくりだね。夏輝ちゃん」
「似て欲しくないとこばっか、似ちゃってさ」陽子は目の前のコーヒーカップを手に取った。「そうそう、あんたたちの結婚式に行けなくて、ごめんね」
「招待状、届かなかった?」
「ううん。届いてたらしい」
「らしい?」
「あたしさ、大学三年で中退したのは、妊娠してたからなんだ」
「え?」
「夏輝がお腹にいたんだよ」
「そうだったんだ」
「っつーか、あたし、三年になってダンナとつき合い始めたんだけど、いきなり妊娠しちゃったからね」
「ダンナって……誰?」
「あんたたちの知らない人だよ」陽子は寂しげに微笑んだ。「駆け落ちしたんだ。あたし、どうしても夏輝を産みたかったからね」
「駆け落ち……したんだ、陽子先輩」ケンジが呟いた。
「そう。親には言えないからね。結婚することも許してはくれないだろうしさ」
「そうだったのか……」ミカが少し悲しい顔をした。

「ダンナは夏輝が生まれた日に、バイク事故で死んじまった」
「えっ?!」ケンジとミカが同時に声を上げた。
「ま、それが彼の寿命だったのかもね。夏輝は、だから彼の生まれ変わりだって思ってる。あいつを産んで良かった。でなきゃ、あたし、きっと彼の後を追ってた」

 ミカの目に涙が宿った。「辛かったね、陽子……」ミカの頬を涙が伝った。

「唯一あたしたちの理解者だった伯母さんがさ、この街に住んでたんだよ、偶然」
「そうか。それで」ケンジが言った。
「だから、頼ってあたしたちもここに来た。でも、伯母さんも年取って、今は特別養護老人ホームにいる。伯母さんもアパートに一人暮らしだったから、そん時家財道具ほとんど処分して、あたしたちは二人でアパート暮らしをするようになったってわけ。夏輝が中学に入る時だったかな」
「真雪はその時夏輝ちゃんと知り合ったんだよね」ケンジが言った。
「そうらしいね。ずっと仲良くしてもらってる。感謝するよ」

「で、陽子、今仕事、何してるんだ?」
「派遣でね、中距離トラック運転してるよ」
「そうか、あんた車の免許取るの早かったしね。それに妙に車好きだったからね」
「ダンナの影響かな。でも、リストラに引っかかるかも……」
「え? ホントに?」
「派遣だからしかたないよ。それに今は不況だからね」
「でもさ、夏輝ちゃん、進学させたいだろ?」
「あいつは、警察官になる、って言ってるよ」
「警察官?」
「交通事故を憎んでるんだ」陽子はため息をついた。「もう願書も出したらしい。一次試験は10月だって言ってた」

「陽子先輩、」ケンジが身を乗り出して言った。
「何? ケン坊」
「俺たちのスイミングスクールで働きませんか?」
「え?」陽子が目を見開いた。
「丁度、スクールバスの運転手を募集しようとしてたところなんです。どうだい? ミカ」
「そうだよ、それがいい! うちに来なよ、陽子。大型二種免許持ってるんだろ? 心強い」
「ほ、本当か? 本当にあたしを雇ってくれんの?」
「もちろん正社員として。っつーか、困ってたんです。俺、インストラクターしながらマイクロバス運転しなきゃいけなくて……」
「それに最近は隣町からやってくる子もいてさ、もう運行ルートが複雑すぎて、ケンジも負担になってたところなんだよ」
「やるっ! 喜んでやる! やらせて、運転手以外にも何でもする」
「いやあ、あたしたちも助かるわ。大して高給は出せないけど、少なくとも安定するだろ? 今より」

 陽子はミカの手を取って涙ぐんだ。「ありがとう、ありがとう、ミカ……」

「そう言えばさ、」ミカが陽子の目を見ながら少しおかしそうに言った。「あんたんとこの夏輝ちゃん、このケンジに抱かれたいって思ってたらしいよ」
「ええっ? あいつがそんなことを?」
「このガタイに惚れたんだとさ」
「あたしも惚れてたよ、ケン坊のカラダに」
「ええっ?」ケンジが驚いて顔を上げた。
「いっぱいいたじゃない、大学ん時。ケン坊に抱かれたいって思ってる女子学生」
「し、知りませんよ、そんなこと……」
「今となってはミカに取られたのが悔しいぐらいだ」
「ほ、本気で言ってんですか? 陽子先輩」
「マジで」
「そうか、じゃあ貸してやろう、ケンジを」
「ええっ?」ケンジが叫んだ。
「あんたのカラダを慰めてやっから、ケンジが」
「あたし本気にするよ。ケン坊、ホントにあたしを抱いてくれるの? 夢みたい……」
「お、おいおい、ミカ、」
「今まで苦労してきた陽子を慰めてやるんだ、ケンジ。陽子先輩にも大学時代、いっぱい世話になっただろ? 抱いてやりな、ケンジ。あたしが許す。特別に」
「ええーっ?!」ケンジは例によって赤くなってうろたえた。



 10月。すっかり涼しくなり、夜になれば集(すだ)く虫の音が聞かれるようになっていた。海棠家のリビング。真雪と夏輝、それに春菜が話に花を咲かせていた。 

「すみません、ミカさん、夕飯までごちそうになっちゃって」
「気にすんな」ミカがキッチンから言った。「あ、それから栗、こんなにありがとうな」
「それ、うちのアパートの裏の栗の木のなんです。修平と一緒に拾いました」
「そう。それは仲のいいこって」ミカは鼻歌交じりにフライパンに蓋をした。「そうそう、もうすぐ警察官の一次試験なんだろ? 夏輝、がんばりなさいよ」
「はい。がんばります」夏輝が威勢よく言った。

 真雪が夏輝に訊いた。「夏輝、しゅうちゃんはちゃんと優しくしてくれてる?」
「だいぶ上手になったよ。あたしをいつもいい気持ちにさせてくれる」
「良かったね」春菜が言った。
「春菜はどうなの? ケン兄、ちゃんと尽くしてくれてる?」
 春菜は少し赤くなって言った。「あんなに優しい人、私ほかに知らない。もう、私を宝物みたいに扱ってくれるよ、いつも」
「ケンちゃんなら大丈夫だ、って言ったでしょ。あたしの目には狂いはない」夏輝は笑った。

「で、でも……」春菜が恐る恐る言った。「健太郎君って、もともとあなたのことが好きだったんでしょ? 夏輝」
「そうらしいね。でもあたし、彼とつき合わなくて良かった」
「どうして?」真雪が訊いた。
「恋人同士にはなれないよ、あたしとケンちゃん。たぶん性格的に合わない。というか、ケンちゃんがイヤになる。あたしじゃ」
「そうかなあ……」
「見てわかるでしょ? あんなに優しい人にはこんながさつな娘は合わない。修平で丁度いいって、あたしにはさ。あっはっは!」
「自分で言ってりゃ世話ないね」真雪が言った。「それに、しゅうちゃんもえらいな言われよう」
「友だち同士の方が気楽でいいよ。あたし友だちとしてならケンちゃんは大好きだよ」
 春菜は少し安心したようにため息をついた。

「それはそうと、」春菜が急に真雪に目を向け直した。
「な、なに?」真雪はそのきらきらした春菜の眼に狼狽した。
「真雪の彼って、誰なの」
「え? えっと……」

「龍くんだよ」夏輝がいたずらっぽく笑って言った。

「えっ?! 龍くん? 上にいるあの龍くん?」春菜が驚いて言った。
「そうだよ。驚いた?」
「も、もう、夏輝ったら……」真雪は赤くなった。
「あたしたちがスクールでエッチの練習した晩、スタッフルームでね、真雪と龍くんの頻繁なアイコンタクトがもう、見てらんないぐらいだったよ」
「そんなに見つめ合ってたの?」春菜が訊いた。
「そりゃあもう、熱い視線の応酬だったね。ほとんどレーザービーム」
「そうなんだー」
「でさ、中二の彼が、あんたを抱く時って、どんななの?」
「え? ど、どんな……って?」
「やっぱり年下だから、甘えてくるわけ? あんたに」
「え、えっと……」
「もうバレたんだから、包み隠さず言いなさいよっ」
「私も聞きたい。興味ある」春菜も言った。
「彼、あたしのおっぱいが特に好きなんだ」
「そうか、おっぱいねー。あんた爆乳だもんね。でも龍くん、年下らしくていいね」
「何度もあたしの胸に顔を埋めるの」
「可愛い!」春菜が言った。
「しゅうちゃんは?」
「修平はあたしの脚フェチだよ」
「確かにあんたの脚は長くてきれい」
「一緒にいる時は、いっつも必ずじろじろ見るから、あたしの方が恥ずかしくって……」
「しゅうちゃん自分に正直だからね」

 夏輝と真雪が同時に春菜に目を向けた。「で、ケンちゃんは? 春菜」
「健太郎君はあたしの眼鏡顔が好きなんだって言ってた」
「じゃあ、コトの最中も、あんた眼鏡つけたままなんだ」
「うん……」
「オトコってば、いろんな拘りがあるもんだね」夏輝が笑った。

 風呂上がりのケンジがそこを通りかかった。「何の話で盛り上がっているのかな? お嬢さん方」
「ケンジさんは、ミカさんの何フェチなんですか?」夏輝が言った。
「えっ?! フェチ?」
「彼女のどこに一番興奮するの? ケンジおじ」真雪も訊いた。
「お、おまえら、そんな話で盛り上がってたのか」
「ケンジはねー」キッチンから声がした。「唇フェチなんだよ」
「こ、こらっ!」ケンジが慌てた。
「最初から最後まで、何度もキスしたがるんだ」
「素敵!」
「あたしも修平のキスは大好き」
「あたしも。龍の唇柔らかくて大好き」
「健太郎君も、とっても上手だよ」
「オンナはみんなそんなもんさ。でもキス一つでめろめろになれるなんて、あんたたち幸せだね」

「な、なんという話題……。俺、ついていけない……」ケンジはそこに立ちすくんだ。


 二階の龍の部屋では、龍と健太郎、それに修平が加わってエロトークに花を咲かせていた。

「で? 修平はめでたく夏輝と結ばれた、ってわけなんだな?」
「ケンジさんとミカさんのお陰だ」
「しっかし、ケンジおじもミカさんもすごいことをやってくれたもんだ」
「ホントにね」龍も言った。
「でも龍、おまえそのシーンを撮ってたんだろ? 何枚も、自慢のカメラで」
「うん。いつか父さんと母さんのカラミを撮ってあげる、って約束してたこともあるしね」
「非常識に変な家族」健太郎が呆れて言った。

「で、ケンタ、おまえはなし崩しに春菜さんを抱いたわけだが」
「なし崩しとは何だ! 俺はちゃんと彼女に恋してる」
「でも何だか急だったよね、展開が」龍が言った。「どういうきっかけだったの? ケン兄」
「あの子の眼だ」
「眼?」
「あの眼鏡の奥の眼は、今まで俺が見てきたどんなヤツの眼とも違う。何て言うか、こう物事の神髄を見るって言うか、どこまでも深く追求していく、みたいな……」
「へえ。そうなんだ」
「彼女が手に鉛筆を持って、紙に向かった途端、文字通り眼の色が変わる。そうだなー、例えて言うなら頑固職人のようになる」
「頑固職人?」
「すでに人を超える能力を持っているにも関わらず、それでは満足しないって言うか……」
「自分に厳しい人なんだね」龍が感心したように言った。
「龍も写真やってるからわかるだろ?」健太郎は続けた。「俺、スポーツ以外で、そういう厳しさを持ってる人がいるってことを、今まで信じてなかった」
「と言うと?」
「なんかさ、芸術とか文化とかに打ち込むのってただの道楽じゃん、ってちょっと見下してたとこがあった」
「そうなのか?」
「うちの家族みんな水泳オタクだしな。他の世界を今まで知らなかった、ってことさ」
「いい子と巡り会ったな。ケンタ」
「うん。俺もそう思う。チョコレート職人を目指す以上、少なくとも俺には必要な人だ」

「で、龍、」修平は龍に目を向けた。
「何? 修平さん」
「おまえの彼女は真雪で、すでに深い仲なんだろ?」
「ケン兄がバラしたんだな?」龍は健太郎を睨み付けた。
「俺、何にも言ってないぞ」
「いや、ケンタが教えてくれなくても、わかるっつーの」
「なんで?」
「あのポスターは何だ?」修平が壁の一番大きな額に収められた写真を指さした。「これは?」違う場所に貼ってあるのは真雪が馬に乗っている写真。「こっちにも」草原で麦わら帽子をかぶった真雪。
「おまえの部屋、真雪まみれじゃねえか」
「そ、それは……」
「それに、スイミングスクールではお前、真雪の手は握るわ、肩に手を置くわ、しまいにゃ背中から脇に腕回して抱き寄せたりしてたじゃねえか。あれでいとこ同士です、って開き直るつもりか? まったく、見せつけやがって、このやろっ」
「そ、そんなことしてたっけ?」龍は赤くなって少しうつむきながら言った。
「いいじゃないか。別に隠すことでもないし」健太郎が龍の頭を乱暴に撫でた。
「で、どうなんだ?」
「どうって?」
「真雪、抱いてて気持ちいいか?」
「そ、そりゃあもう。特に彼女のおっぱいは最高。ずっと顔を埋めていたくなるよ」
「お子ちゃまめ。ま、あいつ巨乳だしな。俺もあいつの彼氏だったら埋めたくもなる」修平がにやにやしながら言った。

「そういう修平さんは夏輝さんのどこが好きなの?」
「性格か? それともカラダか?」
「んー、どっちも聞かせて」
「性格はな、俺に似て突っ走り易いし、すぐキレる。でもすぐに甘えてくる」
「いわゆる『ツンデレ』ってやつだね。で、カラダは?」
「俺、あいつの脚が大好きでな。いつまでもしがみついていたくなる」
「おまえはコアラかっ!」健太郎が言った。
「だけどあのやろ、デートの時は必ずミニスカート穿いてくっから、俺いつもムラムラしてんだ」

「じゃあ、ケン兄はどうなの? 春菜さんのどこが好き?」
「性格についちゃさっき聞いたから、身体な、カラダ」修平が念を押した。
「俺は、あの眼鏡だな」
「え? 眼鏡?」
「なんだよ、それ」
「春菜さんの眼鏡を掛けた顔をじっと見てると、むちゃくちゃ興奮する。不思議だろ?」
「理解できねえ」
「なんでだよ」
「だって、おまえ、眼鏡に顔埋めたりしがみついたりできねえじゃねえか」
「いや、眼鏡に興奮しているわけじゃなくて、眼鏡を掛けた顔に興奮してるんだよ」
「そうやって我慢できなくなったらどういう行動に出るの?」龍が訊いた。

「キスするしかないだろ」

「そ……そうか、そう来たか」龍が一本取られたという顔をしてつぶやいた。
「ううむ……。結局ケンタの行動が一番マトモだってことに落ち着いちまったか……。何か悔しいな」



「ねえねえ、ケンジおじ」真雪だった。
「な、なんだ?」
「夏輝を抱きしめてやってくれない?」
「えっ?」
「この子、お父さんに抱かれたこと、一度もないんだよ」
「…………」
「あたし、お父ちゃんにぎゅって抱きしめられる夢を時々みるんです。写真でしか知らないけど。でも、ケンジさん、あたしの憧れの人だし、って言うか、なんか、あたしのお父ちゃんだったらいいな、ってずっと思ってて……」

 ミカがキッチンからリビングに大きなサラダボールを持ってやって来た。「抱いてやりなよ、ケンジ」
「夏輝ちゃんは、それで心が癒されるのかい?」
「はい。ケンジさん……」

 ケンジは微笑みながら立ち上がって言った。「おいで」
 夏輝も立ち上がった。そしてじっとして目を閉じた。ケンジはそっと背中に腕を回し、ゆっくりと力を込めて彼女の身体を抱きしめた。夏輝はケンジの広い胸に頬を当てた。

 生まれて初めて感じる温かさと安心感だった。彼女の閉じられた両目から涙がこぼれた。「お、お父ちゃん……」

 すぐに夏輝は目を開け、顔を上げた。「ありがとうございました。やっとあたしの夢が叶いました」そしてにっこりと笑った。ケンジも微笑みを返した。
「これであたしのお母ちゃんを抱いてくれたら最高だな」夏輝がはしゃぎながら言った。「ケンジさん、お母ちゃんと知り合いなんでしょ? 一度ベッドを共にしてやってもらえませんか?」
「ばっ! ばかなこと言うもんじゃない! そ、そんなことできるわけないじゃないか」

 ピンポーン。その時玄関のチャイムが鳴らされた。「お、やっと来たか」ミカがスリッパをパタパタ言わせて玄関ホールに急ぎ、ドアを開けた。
「ミカ、悪いね、遠慮なくお邪魔するよ」表には陽子が菓子折を持って立っていた。
「ああ、上がんな。もう娘たち、賑やかに盛り上がってるよ」

 ミカは陽子を中に招き入れた。
「やあ、ケン坊、ごめんね、あたしまで呼んでもらっちゃって」
「い、いえいえ。気にしないで下さい、よ、陽子先輩」ケンジは少しおどおどして言った。
「どうしたの? 顔が赤いよ」
「ほんっと、ケンジさんてシャイなんですね」夏輝がにこにこ笑いながら言った。「素敵っ」
「なに? どうかしたのか? 夏輝」陽子が娘の横に立って言った。
「後でゆっくり話してあげるよ、お母ちゃん」

 ミカが腰に手を当てて二階に向かって叫んだ。「龍、健太郎、それに修平! 降りてこい。夕飯だぞー」






《Marron Chocolate Time あとがき》

 最後までお読み頂き感謝します。
 さて、シリーズ物の小説の場合、途中で新しいキャラクターを登場させるのには、慎重を期さなければなりません。その後の展開に少なからず影響を与えるからです。
 今までの主人公たちの時間を壊すことなく、しかし、新鮮な雰囲気をもたらし、物語の世界を広げる、そういう役目を持っているのです。
 今回登場した天道修平、月影春菜、日向夏輝、そしてその母親日向陽子。それぞれにかなりクセのあるパーソナリティを持った人物たちです。
 第一期では、ケンジやマユミの学校の友人という人物はほとんど表に出てきませんでした。どちらかというと海棠兄妹の関係がずっとその中心になっていたわけです。しかし、第二期では、二世たちの行動範囲を広げることで、『学園』モノに近い雰囲気を持ち込もうと企てました。
 健太郎と修平とは古くからの親友ですが、性格や行動はずいぶん違います(二人は中学に入学した時、些細なことで殴り合いのケンカをして以来の大親友同士です)。突っ走りやすくがさつな感じのする修平ですが、根っこのところは健太郎と同じく、かなり照れ屋です。本心とは違うことを言ったり、行動したりするのは、とてもやんちゃな感じで、それが彼の愛すべき性格とも言えます。同じように跳ねっ返りの夏輝と付き合い始めたことは、修平にとっては、いい意味で幸せなことかもしれません。






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