最終話   希望へ……水面に咲く花火


(だめだッ、佳菜! 言っちゃダメだよっ)

「んんっ、あぁぁっ……の、ノブくん……?!」

熔けそうな心に愛する人の声が届いた。
目の前の人ではなかった。窓の外、死人の群れからでもない。

どこから? ノブくん、どこにいるの?

わたしは乳首とクリトリスを刺激されて、子宮まで揺らされながらも目だけを左右に走らせた。

(佳菜に辛い思いをさせてごめん。でも川上先輩、いや、川上の言葉に従ったりしたらいけないよ。
君が彼の愛に従ったその時、僕だけじゃない。佳菜、君までもがその肉体を失うことになるんだ。あいつはそれを知ってて……)

耳を澄ませても聞こえない。
細くて途切れそうな声で、まるで月の光に掻き消されているお星様みたいで。

(ちょっと待ってよ。ノブくんは今どこにいるの? 身体を乗っ取られて、どこから話しかけているの?
佳菜、会いたい。会って本当のあなたの顔を見たいの。あなたの本当の肌に触れたいの。そうでないとわたし……)

(佳菜、負けちゃだめだ。気をしっかり持つんだ。肉体を奪われても僕は君の傍にいる。佳菜が僕を助けようとして身体を差し出したときも、ずっと隣に寄り添って泣いていたんだ。悔しくて川上が憎くて、不甲斐無い自分も憎くて、でも僕にはどうすることもできなくて……)

(ううん、ノブくんは……あの男に騙されていただけ。だから自分を責めないで)

「おい、佳菜ぁ。どうしたんだい? 早く言いなよ『はるひこさん、愛してる』って。それともまだ刺激して欲しいわけぇ? だったら気が狂うくらい責めてあげてもいいんだよぉ」

グニュグニュ、グチュウゥッッ……グチュグチュゥゥッ……

「はあっ……ふあぁぁっ、ひっくぅ……わぁ、わたしは負けないぃ、負けないんだからぁぁっ」

右指が佳菜の乳房を鷲掴みにする。
指先が乳首を捻りつぶして真ん中に爪先を押し立てくる。
左指が佳菜のクリトリスを引っ張った。
皮を引き剥かれてビンビン弾かれて、こっちも抓られた。思いっきり。

同時に、腰をバンバン打ち付けてきた。
骨盤が軋むくらいの勢いでぶつけては、子宮の中まで揺らせた。
デリケートな膣の壁が削り取られていく。

「ふふふっ、驚いたねぇ。ここまで来てまだ抵抗するとは。でも俺は好きだよぉ。そんな勝気な女の子がねぇ」

「ンウゥゥッ……アグ、クゥゥゥゥッ! ならないッ、なら……くはッ……ないんだからぁっ」

全身を感電死するくらいの刺激が駆け廻ってる。
無抵抗な両腕をバタバタさせて、背骨が折れるくらい背中を反らせて……
舌を突き出して酸欠のお魚さんみたいにパクパクさせても、わたしは負けない。
佳菜は絶対に屈したりしないんだから。

「不愉快だねぇ。その表情」

初めて目にする憎悪に満ちた男の顔。余裕を失ったその表情。
わたしの身体を貫きながら、両眼を血走らせて眉毛を吊り上げて、ノブくんの仮面が外れ掛っている。

「んんっ、あぅぅっ……はあっ、はあっ、か、可哀そうな人…ね。あなたって……ひぎぃぃぃぃっっ!」

窓の外では死人たちがざわついている。
互いの顔を潰し合いながら、周辺から青白い炎が燃え尽きていく。

絶望と希望……
相反する心のせめぎ合いが、わたしから力を奪い、男の精神力さえ中和していく。

「あっああっ?! な、なんだぁ? どうなってぇっ?」

腰の動きが止まった。
膣の中で破裂寸前の肉の棒を残して、わたしを感じさせていた10本の指が停止する。

(今だ。佳菜! 逃げてっ、ドアを開いて外へ!)

ノブくんが叫んだ。
わたしも「エイッ」って叫ぶと、残る力を振り絞って男をはねのける。
ドアを開いた。裸のままアスファルトの上に身体を投げ出した。

「うっうぅぅっ。か、佳菜ぁっ……あっあぁぁぁ」

車内から情けない声がして、ダークグレイのシートに白い放物線が描かれていく。
ヌメヌメと光った肉の先端から、いつまでも虚しい射精が続いている。

(走るんだ、佳菜!)

(ノブくんは、ノブくんはどうなるの?)

わたしは振り向いた。わたしと同じ全裸のまま車外へと身を乗り出す男。
その身体に視線を合わせて……

(大丈夫だよ、佳菜。僕は死なない。だから、信じて。僕を信じて目の前のダムに飛び込むんだ。早く!)

「か、佳菜ぁ……待ってぇ……俺とぉ、俺にその身体を……」

月が山の稜線に姿を消し、青白い光が消えた。
掻き消されていた星々の輝きが力を取り戻し、比例するように男の動きが鈍くなっていく。

わたしは僅かに残った人魂を払いのけながら、水面へと走った。
怖くなんかない。佳菜はノブくんと一緒なんだから。

「ノブくん、佳菜はあなたのことを愛してる! だから一緒に……」

ドボンッ!

宝石箱のように煌く水の中へと落ちていった。
ノブくんを信じて。
もう一度ノブくんと一緒になれることを夢見て……



バーンッ! ヒュルヒュルヒュル……バーン、パァーン!

色鮮やかな光の花が何発も空に浮かんでは消えていく。

わたしはノブくんの手を握り締めて立っていた。
人ごみからちょっと離れた土手の上で、水面に映る花火を見つめながら並んで立っていた。
そして打ち上がる花火の音に紛れさせて囁いた。

「か、佳菜……ノブくんとなら……して……いいよ」

「佳菜……」

お互いギュッと手のひらに力を入れた。
肩と肩をひっつけた。

「ただし、初めてなんだから綺麗なホテルだよ。間違っても、車の中でカー……カーセックスなんてイヤだからね」

「うん。わかってる。実はホテルの予約も取っているんだ。この日のためにね」

「ホントぉ?! もう、ノブくんったら。エッチなんだから。でも、うれしい。佳菜、とっても幸せ♪」

ふたりの人生を祝うかのように、いなか町の花火大会はフィナーレを迎える。
その夜空に青白い月の光はなかった。
あるのは満天の星々の輝きだけ。

わたしとノブくんが、会社の先輩『川上春彦』の自殺を知ったのは、高級ホテルでの幸せな一夜を明かした後。
その翌日のことだった。






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